四竜帝の大陸【赤の大陸編】
第二十三話
「で?」

 竜帝達の使う大型伝鏡を見渡せる位置に置かれた長椅子に座る人型の<赤>の隣に腰を下ろし、足を組み替えながら我は言った。
 絹で織られた光沢のある緋色の生地がはられ、少々固めの座り心地のそれに先に座っていたブランジェーヌは真紅の髪を右耳の下でまとめ、柘榴石の簪をさしていた。
 息子に露出狂とたびたび叱責されている<赤>らしく、肩が剥き出しなうえ、身体の線の露わになる革のドレスを着ている。
 先程から一言も話さない<赤>は、今は聞き役に徹しているようだった。
 ベルトジェンガが死ねば、最年長の四竜帝は<赤>のブランジェーヌになる。
 年若い竜帝達をまとめ、導いてやる役目を必然的に担うこととなるが……自分以外はつがいすら持たぬ年若い者ばかりとなると、少々荷が重いやもしれぬな。

「“で”じゃねぇよ、じじい! もっと他に言うことあんだろ!?」

 他に言うこと?
 はて?
 ……我は我のしたいことを、したいようにするつもりなので、言いたいことも聞きたいことも特には無いのだが。

「そうよ、ヴェルヴァイド! <青>を責めてよっ、怒ってよ!」

 いまさら、あれやこれやとこやつ等の言い分や意見を聞くつもりはないのだ。

「なに言ってんだよ、<黄>! 今はそんなことより、導師の件を先にっ……おちびが導師に狙われてるって、分かったんだぞ!?」
「あんたの失態は“そんなこと”じゃないわよっ!」
「俺だってそれは分かってるさ! だがな、今は導師の件を先に伝え……」
「うるさい! 黙れ! だいたいね、あんたは……ずるい、ずるいのよっ! なんで無事なのよ!? なんでイドイドに怒られてぼこぼこのばらばらにされてないのよ!? そんなの、贔屓よ! イドイドは昔っから、<青>ばっかり贔屓してるううううぅ~っ!!」

 伝鏡の中で両手を挙げて地団太を踏み叫ぶ様は、我が侭な幼子のようだ。
 年齢的には成竜であり、<青>より年上である<黄>だが人型になると内面の幼さがいっそう強く現れる。

「……あの子にもつがいが見つかり子を授かれば、内面の不安定さが落ち着くと思うのだけれど」

 隣に座る<赤>が小さな声でそう言いながら、我へと身を傾けた。

「? そういうものなのか?」
「そういうものよ」
「我にはわからぬのだ」

 りこに子を産ませる事を望まず、子に価値を見出せぬ我には、どうして<黄>に子ができれば落ち着くと言えるのか理解不能なのだ。

「畏れながら、黄の竜帝陛下に申し上げます」

 赤い爪に飾られた指先で額を押さえ、困り顔を隠さぬ<赤>の視線がその声にひかれるようにして<黒>の伝鏡へと向けられた。
 <黒>の補佐官である雄竜は、不快を露わにした表情を浮かべて言った。 

「貴女様の聞くに堪えないその奇声、今の我が陛下とっては以前にもまして辛いものなのです。その騒音しか発せぬ公害的な口を閉じてはいただけませんか?」 
「はぁ!?」

 その言葉に、<黄>が一瞬で顔色を変えた。
 頬どころか耳まで赤くして、感情のままに目が釣り上がる。

「なんですってぇえええ~っ!! あんた、<黒>の補佐官の分際でこのあたしに、<黄の竜帝>にそんなこと言うなんて、許されると思ってるの!?」

 どこぞの人間の王族が吐くような陳腐極まりない台詞に、言われた補佐官の口元には苦笑。
 我の隣からは、重く深いため息。

「あぁ……まったく……<黄>、いいかげんにお黙りなさい」
「なんでよ、<赤>! あたしは悪くないでしょう!? 奇声だなんて酷いじゃない! それにね、あたしは竜帝で、そいつはただの補佐官なのよ!? あんなこと言うなんて、不敬罪で処罰されるべきでしょう!?」
「不敬罪? なに馬鹿なことを言ってるの。しょうがないわねぇ……」

 聞き役でいられなくなった<赤>は立ち上がると、<黄>の伝鏡へと歩み寄り。

「……いい加減になさいっ!!」
「きゃあ!?」

 言うと同時に、<黄>の顔面へと右手を振り下ろした。
 もちろん、その手は<黄>の顔ではなく鏡面を叩くこととなる。
 <赤>は力をきちんと加減し、伝鏡を痛めることはなかった。

「……ぁ、あ、<赤>、ご、ごめんなっ……」

 叱咤に慣れていない<黄>には十分に効いたようで、その場にへなりと座り込み……奥に控えていたであろう補佐官が<黄>の傍に駆け寄り、その背を撫でていた。
 黄の竜騎士の制服を身に着け、白金の髪に紫の瞳の補佐官は雄竜にしては小柄で……どうやらまだ幼竜のようだった。
 以前の補佐官は老竜だった……高齢で職を退いたのか、それとも寿命で死んだのか……幼竜が補佐官などとは前代未聞だが、まぁ、我にはどうでもよいことだ。

「<青>。私達が昨夜聞いたことをもう一度……後ろに控えているセレスティスに、一応・・ヴェルヴァイドにも報告をさせてちょうだい」

 一応、か。
 <赤>は我が“決めている”ことを理解しているのだろう。
 我に報告というより、四竜帝達に聞かせ“再確認”するためか。

「お、おう! セレスティス、頼む」

 <青>が一歩下がり。
 先程まで<青>の後方に無言のまま竜帝達のやりとりを空色の瞳で眺めていたいた銀の髪を持つ青の竜騎士が、主に代わり前へと歩み出る。

「ヴェルヴァイド様に申し上げます」

 先程の<黒>の補佐官とは違い、頭を垂れることも名乗ることもしない青の竜騎士には。

「……無い、な」

 両腕が、無かった。
 襟の高い外套を無造作に肩にかけているだけの状態なので、その下に垂れた袖の中に有るべきものが無いことが一目瞭然だった。

「ええ、無いです。こちらでもいろいろありましてね」

 両腕が無い『王子様』か。
 ……りこには黙っておくとしよう。

「まずは訃報を」

 死を告げるその言葉は。
 柔らかく笑んだ口元から発せられていた。
 …………こやつのどこがりこの言う“絵本に出てくる王子様みたい”なのだろうか?
 我には理解不能なのだ。
 せめて下半身が、かぼちゃならば……。

「先代<青の竜帝>の息子、バイロイトが死にました。幸いにも普通に殺されただけであって、竜珠は盗られていません」

 絵本の王子とはやはり違うという思いでその下半身を眺めていた我は、覚えのある名につられるように視線を空色の目玉へと向けた。
 バイロイト?
 あぁ、支店でカレーを作った……そういえば、あれ以来りこはカレーを食べたいとは言わぬな。
 セリアールの息子であったのか。
 まったく似とらんな。

「バイロイトを殺したのは契約術士シャゼリズ・ゾペロ。我が主がメリルーシェで彼を雇ったのは、手元に置き監視するためでした」

 カレーなる不可思議な料理の事を思い出し。
 それ繋がりで初指齧りを思い出し。
 そして初あ~んも思い出し……。

「彼の母親は戦災孤児で、バイロイトが拾い養育した『人間』です。彼女は優秀な術士となりましたが術式に失敗し、異界から生物を落とし、<監視者>に<処分>されました。それは幼いシャゼリズ・ゾペロの目の前で行われた為、彼は<監視者>を怖れる以上に憎んでいたようです」

 …………必然的に初交尾を思い出し。
 我の内心はりこ的に表すならば……かなりの“しょんぼり”となった。

「ヴェルッ……お前は子供の目の前で、母親を殺したんだぞ!? 反省しろっ、反省!!」

 “しょんぼり”の我に、<青>は責めを隠さぬ声と口調で言った。

「反省? なぜだ? 我になにを反省しろというのだ?」
「おまっ……そんなんだから、不特定多数に恨まれるんだよ!」

 <処分>のさい、その周囲を気にしたことなど我はない。
 恨まれようが好かれようが、どうでもよいことだからな。

「そんなことより、我のこの“しょんぼり”気分をなんとかしろ」
「はあ? なにが“しょんぼり”だ! こっちの“げんなり”をなんとかしてくれってんだ!」
「げんなり? 我にはその単語の意味がわからぬ。それは動詞か? それとも形容詞か?」
「ぐあああああ~っ! じじいがマジで言ってるのが分かるから、余計むかつくぜ……痛っ! なにすんだセレスティス!」

 床を連打する青い竜の尾を、主にするとは思えぬほど遠慮無く軍靴で踏みつけたカイユの父親の表情は笑んではいたが……微かに口元がひくついていた。
 この竜騎士は本当に、カイユによく似ているのだ。

「親子漫才止めなさい」
「親子じゃねぇ!!  うっ……あ、う、わわ、俺様が悪かった」
「よろしい」

 空色の目玉に睨まれた<青>は、あっさりと謝罪を口にした。

「続けますよ? ……導師は遠隔操作の自動人形を使い、接触してきました。タイミングからしても、我々竜族の動きを察知してのものかと思われます。そして、今回新たに分かったことがあります」

 頬へと流れた銀の髪を、顔を軽くふることで払いつつ。
 カイユの父親が言った内容は。

「うちの契約術士クロムウェルが言うには、セイフォンの王宮術士ミー・メイが術式を展開するさいに、導師が“過干渉”したのではないかとのことでした」

 我の興味を、カレーの支店長の死以上にひいた。

「……術式に“過干渉”した、と?」

 おかげで、我の“しょんぼり”が消えた。

「そうです。それはすべきでない干渉であり許されぬ関与です。……導師はね、この世界で貴方がつがいを得ないものだから、賭けに出たんじゃないかな? こっちが駄目なら異界あっちにはいるんじゃないかって……ずいぶん分の悪い賭けだったのに、やってくれたよね? 大当たりだよ」

 口調を常のものへと戻し、空色の瞳を生き生きと煌めかせながらそう言い。

「余興で無機物を出すはずだった、出せるはずだったのに王宮術士ミー・メイはその“過干渉”によりしくじった。で、あの子が異界から落っこちてきた。そして導師の予定通り<監視者>は<処分>をするために愛人の所を離れ、セイフォンに現れ、導師の用意した“つがい候補”と出会った」

 我の知らぬこと。
 我が思ってもみなかった“事実”を提示した。

「あの子の時だけじゃなくて、今まで貴方が<処分>してきた異界の生物に関しても導師が関与していた可能性もある。つまり、導師は<監視者>の<処分>対象になる資格があるってことだよね?」

 導師。
 そやつは、我を“知って”いるが。
 我はそやつを知らぬ。
 我からは奪えぬから、つがいを“用意”したということか……なぜ、導師とやらは我の竜珠などを欲しがるのだ?

「ねぇ、貴方はどうするのかな?」

 --『とりい・りこ』からなら、私は奪える。
 導師はそう言ったのだと、ダルフェは我に教えた。
 この竜騎士は、その言葉を直接聞いた者。

「……なんて、愚問だね。導師はあの子から貴方の竜珠を奪う気なんだから」

 この銀の竜は分かっている、知っているのだ。
 竜珠を奪われるということが、どういうことなのかを。

「そうだな。愚問だ」

 これのつがいは、カイユの母親は。
 生きたまま身体を裂かれ、体内を漁られ。
 竜珠とともに、命を奪われたのだから……。

「だが。まずは」

 我は緋色の長椅子から立ち上がり。
 歩を、進めた。
 向かうのは。
 我が向かうのは…………。

「導師に」

 我のつがいは、この世界には存在しなかった。
 この世界では、過去にも未来にも“我のりこ”は存在しなかったのだから……。

「礼を言わねばならぬ、な」
「……お礼?」
「我がこの手で。そやつの脳髄に“直接”感謝の言葉を贈るとしよう」

 我の言葉が、この竜の内部に蠢く激情を絡めとりながらその口角をゆるりと上げていき……その笑みがさらに深いものとなる。

「“直接”? うん、それはいいね!……ふふふっ、とっても楽しみだ」

 <監視者>ではなく、りこのハクから。
 最高で……最悪の“ありがとうございました”を、導師とやらにくれてやろうではないか。




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