四竜帝の大陸【赤の大陸編】
第二十五話
 ダルフェさんは片手で持っているトレーを、私の見える位置まで下げてくれた。
 具材をはさんだパン……生野菜や焼いたお肉、スライスした卵や薄切りにした燻製などのいろいろな具が、たぷりとサンドされ、楕円形のスープ皿は温石で保温してあった。

「わぁ……おいしそう! ダルフェのお父さんは、レストランをしてるんですよね?」 
「ああ。街で小さい食堂をやってんだけどねぇ、なかなか評判良くてさ。最近は帝都観光に来た人間の貴族がお忍びで来るほどらしいんだ。はい、ちょっと持ってて」
「は、はい」

 トレーを受け取った私に背を向け、ダルフェさんは居間の中央に向かって進み……ブーツの踵でコンコンッと数回床を蹴った。

「確かここらへんに……ああ、あった、あった」
「ダルッ……!?」

 朱色のマーブル模様を持つ光沢のある石で出来ていてる床に、ダルフェさんがコンコンどころじゃない勢いで踵を下したので、私は驚いてトレーを落としそうになってしまい……えぇええ!?
 2、5メートル程の正方形の床の石材が、垂直に!?

「ゆゆ、ゆ、か、床が立ってます!」

 うわわ~、天井が高いからぶつからなくて良かった!

「床は立ってないって。これは床収納の蓋……口、開いてるよ? そんなに驚くとは予想外だなぁ。異界の家には床下収納って無いのか?」
「あります! ありますが、こんなに大掛かり(?)じゃなくってもっとコンパクトで…………」

 石製で何トンあるかみたいなこんな蓋じゃ、人力で開けられないし!
 絶対、重機が要ります!

「赤の竜族だと、一般家屋にもこの程度の床下収納は普通にあるぜ? あ。姫さんには無理だから、やるんじゃないよ?」

 も、勿論ですとも!
 って、いうか無理ですから! 
 私が頷くのを確認してから、ダルフェさんは床に方膝を付き、竜族仕様な床下収納から次々と物を取り出した。

「え~っと、これとこれ……これも要るなぁ」

 折りたたまれた茣蓙に似た敷物に、涼しげな麻のカバーリングのクッションを三つ。
 楕円形の板に、30cmほどの長さの4本の角棒。
 ……その様子を、私は妖怪のぬり壁みたいな蓋が倒れてダルフェさんをぺちゃんこにしてしまうんじゃないかと、ひやひやしながら眺めていた。

「とりあえず、こんなもんか? じゃぁ、蓋すっか……よっと」

 ひやひやしている私の目の前で、ダルフェさんがぬり壁な蓋を片手で軽く押すと、蓋はあっけないほど静かに元の位置に戻った。
 あれ?
 轟音とともに勢い良く、バーンって倒れるものとばかり思っていたのですが……。

「ずいぶん静かに閉まるんですね……」
「ああ。室内で使うものだから、静かに開閉できる作りになってるんだ。石の四隅にそういう細工がしてあって……石の下だから温度も安定してるし、食料の保管にも使えて………昔は、襲撃があった時に幼竜達を隠すのにも使ってたらしいぜ?」
「しゅ、襲撃?」

 ダルフェさんは大判の茣蓙のような敷物を床に広げながら、ほんのちょっとだけ……ちょっとだけ、息を止め、それから言葉を続けた。

「……人間にね、竜族が狩られてた時代もあるんだよ……ここんとこは人間とうまくやってるけど、迫害を受けてずいぶんと苦労した世代もある……ずいぶんと昔の事だけどねぇ、これから先も無いとは言い切れない……人間って生き物と共存するってのは、なかなか難しいからなぁ」
「…………」

 私は何も。
 『人間』の私は、何も言えなかった。
 私を竜族だと勘違いして捕まえた術士や、アリシャリ……そして、目覚めた時に居たあの女性……彼等は竜族を“人”とは思っていなかった。
 ……ああいう考え方の人は、少数派だと思いたいけれど。
 でも、少数であろうと。
 確かに存在するのだと、私は身をもって知ったから……。

「……まぁ、こればっかりはどっちが悪いとか、努力すりゃ解決するって問題でもないから、姫さんもあんまり深刻に考える必要ないんだぜ?」
「は、い……」
「ほら、つっ立ってないで、ここに座んなさい」

 あっという間に板と角材を組み立てローテーブルにして(組み立て式家具だったようです)、敷物の中央に設置し、私のの手からトレーをひょいっと取り、ダルフェさんはそこへ置いた。

「あ、はい。ありがとうございます」
「この敷物は水辺に生えてるナットって草を編んで作るんだ。石床にこうして敷いて、ここに座って飯や茶をのんびり食うわけ。陽が高くなると気温が一気に上がるから、日中は毛の絨毯よりこっちのほうが快適なんだぜ? さぁ、スープが冷めないうちに食いなさいな」

 私に食事をするように言うと、ダルフェさんは窓辺へと足を向け……開け放たれ、心地よい風の入ってくる窓辺に立った。
 彼の赤い髪は、陽の光が溶け、混じり……神々しいまでに煌めいて見えた。
 ああ、そうだった。
 私、ダルフェさんの竜体を見たんだっけ……大きな、赤い竜だった。
 綺麗だった。
 とても、とても綺麗な竜だった……。 

「……ダルフェは、食べたんですか? 帰ってきて、あんまり時間経ってませんよね?」

 持ってきてくれた食事は、私には量が多い。
 人間で異界人の、私の食事量を知らないダルフェさんのお父さんが用意してくれったことは……これは私の分だけであって……。

「俺? 忙しくてまだ食ってないけど、大丈夫。竜族は数日食わなくても平気。姫さんは食べなさい。旦那のお相手したんだから、疲れただろ? 今夜に備えて栄養とらなきゃな!」
「えっ!? え、あ、は、はい!」

 おじさんみたいな事をいっても、ダルフェさんが目尻下げてニコッって微笑みながら言う姿からは、ぜんぜんセクハラ臭も嫌味も感じられない。
 やっぱり、イケメンは得かも?

「そうだ。晩飯はカイユもジリも、一緒に食えそうだよ? ……久しぶりに皆で揃って飯が食えるなぁ~。あ。姫さんが良かったら、俺の両親も一緒していいかな?」
「はい! もちろんです!」
「ありがと。じゃ、俺と親父で腕をふるうよ。期待してもらっていいぜ? ……って、ん?」

 窓から入ってくる風を背で受け、心地良さ気に目を細めるダルフェさんは本当に格好良くて……あ~、でもでもっ、竜体も綺麗だしとっても格好良かった!
 また見たい……見たいし、鱗にも触りたいな……。

「姫さん、どうした? 呆けた顔して……ふっ……俺が格好良くて、見蕩れちゃっ…………姫さん! しゃがめっ!!」
「は、はいっ!!」

 緊迫した声に指示され、私の身体は動作を意識するより先に動いていた。
 ダルフェさんに言われた通り、その場にうずくまる。

 一瞬の、後。
 私のうずくまって床に視線を向けていた私の目が、落下物に気づく。
 ……髪の毛、だった。
 それは一本二本といった量ではなくて。
 房って言うべき?
 束って言うべき!?
 この髪って…………真珠色の髪!?



「反応速度は及第点、だな」



 しかもこの声っ!
 ハク、だ!!
 転移で帰ってきたんだ!

「ハクちゃん、おかえりなさい!」

 勢い良く立ち上がると、私の肩から真珠色の髪がするりと落ちた。

「……え?」

 なんで私の身体から?
 これ、ハクの髪よね?

「ハクちゃ……ひっ!?」

 目の前に立つハクを見上げ。
 顔を、頭部を見て……私は息をのんだ。

「そ、そそそ、そんなっ……う、う、うそでしょう!?」

 ハクの首に、刃が触れていた。
 ダルフェさんが、刀を抜き。
 ハクに刃をっ…………!

「旦那、驚かせないでくださいよ。導師かと思っちまいました。首、落としたつもりだったんですけど……まぁ、旦那から及第点もらえたんで、俺的には満足っすねぇ」

 心底残念といった表情でダルフェさんが刀を鞘へと戻す。
 それは流れるような所作で、音ひとつなかった。
 でも、今の私にはそのことに感心する余裕がなく……。

「首を落とされてやっても、我はかまわぬのだが」

 は?
 なに言ってるのよ、この人!
 首を落とされてもかまわない!? 

「鼻血ですら大騒ぎするりこの前で、切断はまずかろう? だから、避けてみたのだ」
「そうすねぇ。首ごろんはまずいっすねぇ。部屋も汚れるし、飯に血が入っちまっただろうしねぇ」

 は?!
 なに言ってるのよ、この人達!
 そういう問題じゃないでしょうがっ!!
 それにね、貴方、避けたなんて言ってますが!

「ど、どど、どどどこが、よ……よ、け……って、何言ってるのよ!? 避けられてないじゃないの!?」
「? 避けられてるのだ。頭、付いておるぞ?」

 違う。
 違ーうっ!
 そうじゃなくてですね!!

「避けられてない!!」

 ハクの長い髪は首の中ごろからばっさり切られ、床へと散っていた。

「ハク、貴方、髪の毛が無くなってるのよ!?」

 なんてことっ……私の大好きなハクちゃんのロン毛がぁああああぁ!!! 
 ダルフェさんの刀があたって、切れちゃゃったぁあああああ!!

「毛が無い?」

 私の内心の絶叫にはまったく気づかないハクは、首をこてんと右に傾けて。

「我は我が知らぬ間に禿げておったのか?」

 真珠色の爪を持つ指で、ばっさり切られて短くなった髪の毛をつまんで引っ張りながら言った。

「禿げとらんぞ?」
「ッ…………禿げたなんて、私は言ってないわよっ!! ううう~、ハクちゃんの髪が、髪がぁああああああ無いぃいいい!!」
「髪、あるぞ?」
「違うったら! そうじゃなくて! 髪がすごく短くなっちゃったっていうか、ゆるふわかっぱみたいな髪型になっちゃったってことが問題なのよ!!」

 ブラッシングしてあげるのが、毎日の楽しみのひとつだったのにぃいいいいいいいい!!!

「ゆるふわかっぱ……はて? ダルフェよ、ゆるふわかっぱ……“ユルフワカッパ”とはなんなのだ?」

 ハクは髪の毛の事はまったくどうでも良いようで、“ゆるふわかっぱ”という単語のほうに興味を持った様だった。
 もうっ……そんなことより、髪を気にしなさいよぉおおお!

「さあ? 異界では、今のあんたみたいな珍妙な状態の髪型をそう言うんじゃないっすか? ……っぶぶぶっ、わははははは! よく見れば、確かにこりゃ笑える! ……って、あ! 姫さんの飯に旦那の髪がぁあああ!! 汚ったねぇな~、もう! 血をかぶらなくても髪がこんなにトッピングされちゃ……ん? 姫さん? どうした?」
「……」

 無言で切られた髪を拾い集め、真珠色のそれを両手に持って立ち尽くす私の姿にダルフェさんが首をかしげ、訊いて来た。

「……………………ダルフェさん……ハクちゃんの頭、大笑いするほど珍妙ですか?」

 いつもよりワントーン落とした声で言うと。
 ダルフェさんの顔に「しまった!」という表情が浮かんだ。

「え? あ、あ~、うん……俺が整えてあげるから大丈夫、大丈夫! 俺、肉のカットうまい人だから、髪のカットだってど~んと任せなさいって!」
「……は? に、肉?」

 ダルフェさん!
 肉と髪は、かなり違うと思います!!

 ……っていうか。
 ダルフェさん、さっき……言ってたよね?

「……ダルフェ。さっきハクと間違えた導師って誰ですか?」

 導師かと思ったって、ダルフェさんは言ったよね?

「あ」
「………………ダルフェ。謀ったな?」

 ハクちゃんの絶対零度の視線を、ダルフェさんはものともせず。

「あ~、うん。ま、遅かれ早かれってことで!」

 底抜けに明るい笑顔とお得意のウィンクで返し、ハクの指摘を“否定”しなかった。










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