四竜帝の大陸【赤の大陸編】
第三十六話
 他者に与えられた痛みに笑む、か。

「……」

 つまり。
 つまり……ん?

「我も、ドMなのか?」
「…………は?」

 我はりこに指を“がじがじ”されるのが好きなのだ、大好きなのだ。
 我の指、その先全てが。
 りこの愛らしい歯に食まれる感覚を思い出し。
 じわりと、痺れた。

「世界で唯一人、りこだけが我に痛みを与えてくれるのだ……」

 肉そとの痛みだけではなく。
 心なかの痛みも。
 りこだけが、我に痛みを感じさせてくれるのだ。
 我を傷つけることが出来るのは、りこだけなのだ……。

「うむ。我もドMなのだ」

 りこ、我のりこ。
 貴女のその柔らかな唇が。
 我の指を躊躇いがちに咥えるさまは。
 我の眼球を内から溶かし、理性を脳から排除するほど愛らしい事を貴女は知らないのだ。

「………………」
「うわっ!? 無表情なのに極上エロ顔! さすがの高等テクニックっすね」

 そう言い、折れた指をさすりながらダルフェは我から数歩離れた。
 その様に、我は気付く。
 たかが指の第一関節を傷めた程度で、あれ・・か。
 わざと馬鹿げた事を言い、我の注意を逸らそうとしたのか?
 ダルフェの再生能力の劣化は、我の予想以上に進行していたということか……。
 今後、ダルフェの取り扱いには我も注意が必要だな……面倒な事だが仕方あるまい。

「……りこはそこまではやってくれぬが、血が出るほどに……可能ならば食い千切って欲しいぐらい、強く“がじがじ”して欲しいのだ」

 ダルフェの再生能力の劣化について、我は問わなかった。
 我が気付いたことなど、ダルフェも分っているだろう。

「はぁ……“がじがじ”っすか?」

 我としては。
 誤魔化されてやっても良いのだ……今は、な。

「この我が家畜共を羨む日がこようとはな……我だって、豚や鶏のようにりこの血肉になりたいのだ」
「ったく、そんな阿呆な事を言って……馬鹿話してないで、さっさと行きましょう! 姫さんが待ってますよ……ん?」

 緑の瞳が、一瞬。
 回廊の窓へと視線を流す。
 空には、南へと向かう渡り鳥の群れ。

「あぁ、もうこんな時期っすか…………あの鳥、焼くより蒸したほうが美味いんですよねぇ」

 言いつつ、その視線は空から戻され。
 ダルフェは我に背を向け、歩き出した。

「………………ダルフェよ。我は体液以外もりこに摂取して欲しいという願望が、未だに捨て切れぬのだ。身体の交わりだけでは足りぬという想いは、消えるどころか強くなる。りこに喰らわれたいと思うのに、喰らい尽くしたいとも思ってしまうのだ。どうしたら良いのだ?」

 そのダルフェの後ろを、我は歩いた。

「まったく、困った人ですねぇ。俺が死んだら、こんな話しをする相手がいないでしょ? まぁ、あんたはそれを寂しいなんて思うほど“まとも”じゃねぇから、ある意味安心っすけどねぇ……」

 我とダルフェは。
 互いの顔を見ず。
 会話をしながら歩いた。

「ねぇ旦那。竜族は死んだら黄泉に行くってことになってますけど、人間は魂だけこの世に残ることができるって本当ですか? 人間の幽霊とかお化けとか……本物、見た事って有ります?」

 それは。
 りこの待つ部屋へと向かう、短い時間の事だったが。
 我としては、多くを喋り。
 とても、とても多くを喋り……。

「無い」

 そして。
 我は。

「そうっすか。とんでも無く長く生きているあんたが見たこと無いなら、幽霊なんていない……なれないってことっすよね? 残念だなぁ~……」

 突き当たった扉の前で、足を止めたダルフェに。

「……ダルフェ」
「なんすか?」

 言った。

「先程、我はお前の息子の転移の負荷を受けてやると言った“だけ”だぞ?」
「は?」
「蹴らぬとも殴らぬとも言っておらぬ」
「……って、ちょっ!? あんた、何する気ですかっ!? ぎゃあっ!?」

 前に立つダルフェを左手で掴み。
 我は、鋳物で作られた蔓で装飾された木製の扉を右足で蹴った。



「りこは我だけのりこなのだっ! 離れろ、幼生っ!!」


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