四竜帝の大陸【赤の大陸編】
カイユ、ごめんなさい! ハクを許してあげてくださいっ! お願いしますっ……」
「……トリィ様にそのようにお願いされたら、カイユは断れません」
「あ、ありがとう! カイユ」

 ……りこがカイユに平身低頭謝罪したため、我は反省部屋行きを免れた。
 すまぬのだ、りこ。
 妻にあそこまで頭を下げさせるとは……不甲斐無い夫でごめんなさい、なのだ。 





「りこ。あ~ん、なのだ。あ~ん」
「え、あ、うん、あ~ん……」

 反省部屋行きを免れた我の持つ銀のスプーンにその身をすくわれ、ぷるりと揺らぐ“ぷりん”。
 それを慎重にりこの咥内へと……良し、上手くできたのだ!
 数回その動作を繰り返すと、そう大きくはない“ぷりん”は無くなってしまった。
 我はもっと“あ~ん”をしたいのに……このような小さな器で作らず、どうせならバケツで作れば良いものを。

「……」
「………………ち、近いよ? ハクちゃん」

 顔に鼻先が触れるほど寄った我から、りこがその身を引いた。

「そうか? すまぬ、我は年寄りゆえ老眼なのだ」
「え? ろ、老眼!?」

 驚いたのか、我と同じ黄金のりこの眼が丸くなる。
 それはそれは可愛らしく、我は『冗談』への挑戦が成功したことに満足した。
 ……我が年寄りなのは事実なのだ。
 年齢的(正確な年齢は我自身も分からん)には、かなりの年寄りなのだ。
 だが、そんな年寄りな我を労わってくれるのはこの世界でりこ唯一人だけなのだ。
 皆、年寄りな我を労わる心など持ち合わせておらぬ……まぁ、りこ以外の者の労わりなど我は要らぬがな。

「はぁ? 老眼っ!? 旦那が老眼なんてありえねぇし!」

 膝に座らせた息子を両腕で抱きしめながら、ダルフェが声を上げると。

「ろーが? ととさま、ろーが、なに?」

 腕の中の息子は老眼の意味が分からぬらしく、頭部を左右に動かし。
 栗色の髪を、ゆらゆらと揺らした。

「ん? 老眼ってのはな、老化現象で……つーか、今のって旦那的には冗談言ってみたんでしょ!? 旦那が冗談!? 旦那が冗談とかって、まじで!? 明日は嵐か天変地異かっ!? なぁなあ、カイユ! 旦那の老眼ジョーク、採点するなら何点だと思う? 俺、86点! だって、旦那が冗談言うなんて、すげぇ進歩でしょうが!」

 息子の質問への答えを中途半端な状態で放置し、ダルフェはカイユへと顔を向け言った。

「ダルフェはヴェルヴァイド様に甘いわね。私は35点ってとこかしら?」

 ……カイユは35点?

「ダルフェは86点、カイユは35点。どちらもりこの書き取り試験の点数より、ずっと良い点なのだ。 りこ、りこは何点をくれるのだ? ……ん? りこ、どうしたのだ?」
「…………そ、そうだったよね、私、一桁とっちゃったんだもんね……」

 急に頭を垂れたりこに、我は理由が分からず首をかしげると。

「りこ?」
「ハク。私、もっともっと勉強しなきゃっ……さっそく、今夜は単語の書き取りの復習をします!」

 顔をあげ、りこがそう宣言したので我は焦った。
 りこが“お勉強”する時は、我は“お預けと待て”を強いられるのを経験上知っているのだ!

「な、なにを言うのだ、りこよっ!? 単語の復習!? 単語などより、りこは我と閨の復習と予習をすべきではないのかっ!?」
「ね、ねね、ねねね閨の復習と予習ぅうう!? ハ、ハクちゃんたらっ!? これも冗談なの? も、もももももうっ、変な冗談言うのやめてよっ!!」

 我の額を指先で突き、そう言ったりこの顔は赤かったが。
 怒りのためではなく、我との行為を思い出したため……と、いうことにしたいのだ。

「…………冗談? いや、我はっ……」

 りこよ、これは冗談ではないのだが?
 我は本気で言ったのだ。

「りこ、我はじょ……」

 冗談ではないのだと、我は言おうとしたのだが。

「はい、はーい! ねやって、なにです? それっておいし?」

 それを遮ったのは、幼生の問いだった。

「「「…………」」」

 ダルフェとカイユだけでなく、りこまでもが我を無言で見たので。

「とても“おいし”、なのだ」

 我が代表して、答えてやった。




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