四竜帝の大陸【赤の大陸編】
「お話し? え、あ、はい……」

 我が見たところ。
 あの個体は理性的ではあるが……大人しい性質ではない。
 この我に、易く歯向かうのだ。
 我が自分より強者だと分かっていての、あの態度。
 そのような個体は、初めてだ。

「あのね、ジリのことだけど……まぁ、人型とるのは普通よりかなり早いけどね。カイユが言ったように、姫さんが心配するような事は無いんだよ?」
「は、はい……あの、話しってジリ君の事ですか?」

 息子が膝から居なくなり、足を組み直したダルフェの言葉にりこは頷きつつ、訊いた。

「ん? そう。話しってのは、ジリギエの今後のことだよ。人型になったからには予定より早く竜騎士としての訓練を始めるから、姫さんにも言っておこうと思ってね」
「竜騎士の訓練……オフラン君達みたいに?」 

 りこの表情が、声が。
 あからさまに硬くなる。
 竜騎士の訓練……そう言われ、青の大陸で見た訓練風景を思い出したからだろう。
 ダルフェに誘われ、りこは青の竜騎士共の屋内鍛錬場に行った事がある。
 そこで見たもの……剣技も格闘技も、りこは感嘆しつつ怖れていた。

「そんなっ……ジリ君はまだあんなに小さい子供なのに、もう訓練をするって言うんですか!?」

 竜騎士であっても。
 見た目があのような幼児だと、りこの感覚では庇護すべき者で剣を取らせるなど……させたくはないだろう。
 幼生に甘いりこでは、反対する可能性もある……ダルフェはそれを見越して先手をうったのだ。
 竜騎士の教育や訓練は、“主”にその意思が無ければ難しいからな。

「ほら、だって。俺には時間がないからさ……俺が“使える”うちに、ジリギエに色々教えてやらなきゃならないんだよね……」
「ダ、ダルッ……」

 りこが口ごもる。
 ダルフェが竜族としては短命な<色持ち>である事を、りこは知っており……『情』を知っているダルフェだから、その『情』をこうして利用する術を持っているのだろう……ん?
 ダルフェが我を流し見て、数回瞬きをした……我に念話を使えと言っておるのか?

『……旦那! ぜーったい邪魔しないで下さいよ!? 邪魔したら、あんたの過去の悪行を姫さんにちくりますよ!? 赤の大陸での過去百年での情婦総数、ばらされくなかったら大人しくしててくださいよ!?』
『…………ッ!?』

「ダルフェッ……」

 そんな念話のやりとりには気付かぬりこは、眉を寄せ、なんとも悲しげな表情で……すまぬ、りこ!
 我は第二皇女の件より、過去の女共の事はりこには出来る限り“内緒”にするのが得策と学んだのだ!
 関係を持った女を秘密裏に残らず処分しようにも、相手の名も顔も身体も脳に記憶しておらぬので不可能なのだ……くっ……興味がないからと面倒がらず、記憶しておくべきであった!

「ふっ……まだ、俺は大丈夫さ! ジリを立派な竜騎士に育てるために、君も協力して欲しいんだっ! 君を姉と慕うあいつを励まして、応援してやって欲しい……俺は妥協したくないから、鍛錬は徹底してやるつもいなんだ。幼いジリにとってそれは厳しくて、辛いだろうっ……もしかして俺はジリに鬼と憎まれ、嫌われてしまうかもしれないっ……俺だって親として、可愛い一人息子に嫌われくなんかないさ! でも、俺が居なくなっても大丈夫なように……俺に寿命がきて死んだ後も、母親であるカイユや姉と慕う君を守っていけるように、ジリには強い雄になってもらいたいんだっ!!」

 その表情を覆い隠すかのように。
 ダルフェは両の手で顔を覆った。

「……、、、ッ……」

 そして、ダルフェの肩が小刻みに動く……。

「……ダ、ダルフェッ……これからも私にできることがあったら、なんでも言ってください!!」

 その姿に、りこが眼を潤ませながら協力を宣言した…………お、おい、りこ!?
 我から見ると、両の手の下でダルフェは笑っているのように見えるのだがっ!?
 常より饒舌なうえ口調さえ妙なあの喋りにも、りこはなんの疑問を持たぬのかっ!?
 ダルフェはりこを“君”などと言っておったのぞ!?
 あからさまに胡散臭いだろうがっ!?

「り、りこ……だ、大丈夫か?」
「うん? 大丈夫よ、泣いてなんかないわ……ダルフェの気持ちを思うと、泣いてなんかいられないっ……」
「……は?」 

 いや、りこ、我が言いたいのはそういう意味の大丈夫ではないのだがっ……。
 りこ……我は、りこの事がますます心配になってきたぞ?
 このように騙され易い性質で、よくも無事に生きてきたものだ……りこのいた世界とは、本当に平和なのだな……詐欺師など存在しない世界に違いない。
 うむ、きっとそうなのだ。

「……ダルフェよ」

 我が名を呼ぶと。
 ダルフェは顔を覆っていた両手を外し、その手をテーブルの上の置き。

「はい、なんすか? 旦那」

 卓面を、指先で弾きながら答えた。
 その動きは。
 まるで、そこに鍵盤があるかのようで。
 踊るような指先の動きを、りこの金の眼が追う。

「あ…………もしかして、ピアノ? 懐かしい……小さい頃、きらきら星が弾けるようになりたくて……ふふ、懐かしい……」

 りこの視線はダルフェの表情ではなく、その指先を見て……笑んだ。
 懐かしい、か……だろうな。
 その鍵盤楽器を異界から得た術士は、楽器の脚に甲虫が付着していたため我が<処分>したが。
 我は楽器は捨て置き……結果、百年ほどで世界に模倣品が広まった。
 この鍵盤楽器は人間にも竜族にも好まれて……ああ、確か……竜宮にこれを持ち込み、我の前で弾いた女がいたな……我は鍵盤の位置と音はその時に記憶した……あの女が我に『見せた』曲ならば再現出来るな……りこがこの楽器を好むなら、ブランジェーヌに用意させてもよいのだが……過去の女が絡む件には注意すべきらしいからな……。

「ダルフェ。お前ならば“あれ”を、単騎で国の二つや三つや十は潰せる程度の竜騎士には仕上げるのだろう?」

 まぁ、鍵盤楽器を新たなりこの“玩具”として用意するかどうかはさておき。
 異界由来の楽器の手真似をわざと、今此処でダルフェがしたのは。
 りこの興味をひくためだけではなく、ダルフェになにか考えがあるのだろうが。
 が……何とそれが繋がっておるのか、我には分からぬな。

「旦那、二つや三つや十ってアバウト過ぎません? 十って……はははっ、ハードルあげてきますねぇ~っ!」

 手の動きを止め、ダルフェがそう答えると。

「そうよ、ハクちゃん! そんな無茶言わないで」

 我の鱗に覆われた身体を撫でながら、りこが言う。
 無茶?
 どこがだ?
 まぁ、りこは竜族や竜騎士について深くは知らぬのだから、仕方がないのか……。

「ダルフェ、できぬのか?」

 なんと答えるか分かっていて、我は訊いた。

「はぁ!? まさかっ!」

 芝居がかった仕草で両手を挙げ。
 口の端を上げ、ダルフェは言った。

「ジリギエは、この俺とカイユの息子ですよ?」

 ダルフェが我に差し出したのは自信では無く、確信。

「歴代最高最強の竜騎士になるに決まってるでしょ?」

 だろうな。
 我もそう思うのだ。
 だが。
 それでは。
 りこの竜騎士としては、足りんのだ。

「国の二つや三つや十? 馬鹿にしないで下さいよ? 四竜帝の首だって獲れる竜騎士にしてみせます」

 四竜帝の首を獲れる竜騎士、か……面白い。
 その言葉。
 我は、記憶したぞ?

「それで、良い」

 もし、違えたならば。
 その時は。
 その時は……。

「我を失望させるなよ?」

 逝きた父と子が。
 少々早めに。
 黄泉で再会することになるだろう。

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