雪月繚乱〜外伝〜

 *


 ――本当に冗談じゃない!

 須佐乃袁はマルト神群の住む高山から、ほうほうの体で麓をめざした。

 歓迎だのと云いながら、その実彼らの奇妙な嗜好に、永らくつきあわされただけのことだった。

 逆らえば、今より面倒なことになると堪えていたが、よくよく考えれば、なにも彼らの遊びにつき合ってやる義理など自分にはなかったのだ。

 須佐乃袁は、いつものように彼らがソーマを呑んで正体をなくした頃を見計らい、邸を抜け出すと、盗んできた武具を池に沈め、厩に行き馬を一頭だけ残して、全部追い払ってやった。

 そしてすぐに残していた馬に跨がると、何処ともなく風を切った。

「己になにをさせたがっているのか知らないが、これ以上奴らの玩具になっているくらいなら、下界に落とされた方がマシだ!」

 光の神が不在の地は、一面とばりで包みこんだような色に沈んでいた。

 荒涼とした山から下りてみれば、そこは見渡す限りに清水が満ちて、精霊の欠片が明滅を繰り返しながら漂っている。

 その光景は、どこか胸を締め付けるものがあった。

 馬を降り、どこまでも続く清水の中を歩いた。

 辺りは静けさにたゆたい、意思もなく漂う魂以外に、自分を認める者はない。

 須佐乃袁はあてもなく、ただ無心に何かを求めさ迷い続けた。

 ――どうして。

 不意に沸き上がる寂寥の思い。

 ――どうして己は。

 バシャバシャと水音が鳴る。

 ――こんなところに独りで!

 脚をとめて、須佐乃袁は慟哭した。

 なぜそんなに、何がそんなに悲しいのか。

 己が何を望み、何をしていたのか。

 そしていったい、何に憤っていたのか。

 自分でも思うようにならない感情の渦に、知らず知らず突き動かされていることにすら気づかなかった。

 いつも誰かのせいで、須佐乃袁という存在が蔑ろにされていると感じていた。

 そうして傷つけられてきた自分が、誰かを傷つけるのは当然のことだと思っていたのだ。

『――そうやって童子であれば赦されると勘違いをしていれば、やがてお前はすべてを失うぞ。それともそれが望みか?』

 月読の言葉が、ようやく現実として須佐乃袁の眼前に突きつけられた。

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