ようこそ森の診療所へ
#1 放心
 ちちちち…

 どこからか聞こえる小鳥のさえずりでぼくは目をさました。勢いよく日の光が飛び込み目を細める。
 もう日が高いのか…うすぼんやりとそう思った。それの意味することに気がついてぼくはガバッと身を起こす。
「今何時?!」
 ぼくは自宅生だから、朝はちょっと早くでなきゃ学校に間に合わない。準備とかを加味すると、さらに早く起きないといけない。それは大抵日が上る前のことで、こんなに日が上った時間なんてもってのほかで。
 普段やるように枕元をまさぐるが、そこに置いてあるはずの時計がみあたらない。
 そのうちに頭がはっきりしてきて、部屋の異常に気が付く。四方には木目がむき出しになった壁、同じくなにも敷いてないむき出しの床に機能性のみを重視したタンスやら椅子やらが置かれている。不潔、とは思わないが古ぼけていて、掃除の行き届いたぼくの家に比べたら埃っぽい。
「そっか」
 ぼくは独りごちる。病院に入れられたんだっけ。
 起きなくていいんだ、と思うと、ほっとしたのと同時につまらない気分になった。
 ぼくはどこも悪くないのに、どうして入院なんか。そう思い、ベッドから下りようとして足に違和感を覚える。
 ぼくは、何気なく布団をまくってみた。
「うわああああ!!」
 絶叫が、狭い室内に響きわたる。

 そこにあったのは、予想もしなかった光景。ぼくの両足のあるべき場所には、包帯でぐるぐる巻にされてだらしなく横たわる2本の棒があった。およそ足と言える形ではなく、虫にでも齧られたように歪な棒。包帯には血ともいえないなにかどす黒い色がこびりついている。
 激しい痛みに襲われてぼくは身をよじった。
 布団をかけてその嫌なものを隠すと、不思議と痛みは薄れていく。
 ぼくは荒い息を整えながら考える。あれは、なに? 幻覚? もう一度確認しようかとも思ったけど、焼けるような痛みを思い出して手が止まる。

「どうした?!」
 バタンと派手な音と共に、小柄な男が飛び込んでくる。この診療所の医者だ。
「あの、あし、あし…」
 ぼくは目に涙を溜めながら布団を指差す。
「患部を見たのか」
 医者はあっさりと答える。その穏やかさに、ぼくは少し落ち着きを取り戻す。
「これ…階段から落ちたときの…?」
「そうだよ」
 またもあっさりと返ってくる答え。ぼくはどんな落ちかたをしたんだろう。包帯巻きの足を思い起こす。普通、骨折とかヒビ入ったとか、そんなんだろ? でもぼくの脳裏に浮かぶそれは、肉がこそげ落ちたような欠損を予想させた。
「こんなひどい怪我だって知らなくて…すごく痛くて」
「今も痛むのか?」
「ううん、隠すと痛くないんだ、なぜだか」
 医者は腕を組み、考えるような素振りを見せる。ぼくは不安に駆られた。なにかおかしなことが起こっているのかな。
 その視線を感じたのか、医者は柔和な微笑みを向けてくる。
「大丈夫、すぐに良くなるさ」
「でも、すごく悪そうだし、すごく痛いんだよ…?」
「大丈夫、痛いってのは治ってる証拠だからな」
 あっけらかんに言い放つ医者の様子に、ぼくの不安は洗われていく。意外と大したことないのかな、なんて思い始めたとき、医者はさらにこう言った。

「ところで、お腹すかないか。朝飯用意したんだが、食卓で一緒に食べないか」
ぼくはギョッとする。なんてことを言い出すんだ。この足を知っていながら。
「こんな怪我で歩けるわけ…」
「大丈夫大丈夫、見えないと痛くないんだろ?」
「そうだけど」
 ちょっと軽すぎやしないか、この医者。安心を通り越して不信感が募り始めたぼくをよそに、彼はなにか名案を思いついたらしく「少し待ってて」と言い残して部屋を出ていった。
 戻ってきた彼の手には、大きな布切れが抱えられていた。
「これを履くといい」
 渡された布を広げてみる。丈の長いスカートのようだった。
「母のなんだが、それなら足まで隠れるだろ?」
 そういう問題なのかなぁ。疑問に思ったけど、きらきらした目でぼくをうかがう医者の期待を裏切るのも気が引けたので、とりあえず履いてみることにする。
「どうだ?」
床に下り立ったぼくの足は完全に隠れて見えない。足踏みしたり跳ねたりしてみたけど、特に痛みは感じなかった。
「平気そう」
「よかった!」
 医師は朗らかな笑顔を浮かべると、手招きをして言う。
「じゃあ、行こう!裾を踏まないよう気をつけてな」
 さすがにコケたりしたら大変だろう。ぼくは身震いして神妙に頷いた。

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