花散里でもう一度
「はっ、遠慮するな。」

楽しそうに嗤う男が憎らしい。
声など上げるものか、そう思うのに口からは荒い息が漏れ出てしまう。
そのうち嬌声なんて上げるようになったらお終いだ。
肉の快楽に溺れて、戻るべき場所まで分からなくなりそうで恐ろしい。

頑なに閉じ合わされた膝頭に、大きな手が掛かり、苦もなく足を広げていく。その間に体を滑り込ませた阿久が、私に覆いかぶさると、口付けようと屈み込む。

睨みつける私の視線など、まるで意に介する事なく薄く嗤う男。

「大人しくしていろ。だまっていればお前は可愛らしい。」

いつになく饒舌な阿久。
顔に乱れ掛かる髪を掻き揚げ、頬に手を添える。

ふと、茨木とじゃれあった時間が、脳裏に蘇る。今、全く同じ様な角度で見下ろす男の顔は、夫ではない。
混乱する、今私を抱こうとしているのは阿久だ、茨木では無い。
自分に言い聞かせなくては…。

ああ…全くもって、持たざるものの苦しみとは救い難い。
我が身を、矜恃を、記憶さえも切り売りするかの様に…差し出さなくては、たった一つ大切な者さえ守れない。

ガリッ

口を抑える大きな手、その指を伝う鮮血。

「っつ!何の真似だ。」

押し殺した声と、夜叉の如く恐ろしげな表情が自分に向けられる。
だが、はっきりさせなくてはならない。

「確かに私の体を好きにしろといった。だが、お前の慾望を満たしてやればいいのだろう。ならば睦言も口づけも必要なかろう。なぜこんな…」

突然秘部に指が差し込まれ、言葉をのみこんだ。

「…っつ!」

冷たく冷え切った表情の阿久が、体重を掛けくる。
静かな部屋に微かに聞こえる水音。濡れた秘部を掻き回し、ゆっくりと抜き差しされる指。

自分は曲がりなりにも子供を産んだ体だ、男の愛撫も体に馴染んでいる。だから、今の中途半端な状態が段々と物足りなくなってきたとわかる。腹の奥でジワリジワリと熱が高まり、自然に腰が揺れ始めそうだ。

イヤだ…浅ましい身体が…。
与えられる快楽に、心まで屈したく無い。

足の間に阿久の頭が沈み、その吐息に濡れた秘部が震える。内腿を肉厚な舌が這い登り、足の付け根に届くとねっとりと舐めながら、露をした垂らせたあわいめを舐め上げた。繊細な指使いで、ぷっくりと膨らんだ陰核を挟むと嬲る様に愛撫する。
口から漏れ出そうになる声を、必死に咬み殺す私の額に浮かぶ脂汗。
背骨を伝う甘い疼きに、慄きながらも、後に来るであろう衝撃を恐れているのか…期待しているのか…。

「…たかが下郎の分際でと思っているのだろう。だが残念だったな、今のお前はその取るに足らぬ下郎の女だ。」

いらついた口調で私を覗き込む阿久の瞳には、獰猛な野獣の様な光が宿っている。
いくら元は貴族の姫と言え、今は何も持たない自分の立ち位置位は理解しているつもりだ。
伊吹と自分の飼い主には、従順であるべきと思っているのに…。

「うぁっ!」

怯んだ私を見逃さず、一気に腰を進める阿久。その衝撃と質量を受け止めた私は声を漏らした。
そのまま腰を振りたくる阿久、動かされる度に喜悦する身体が呪わしい。下腹からせり上がる快楽が、脳を焼き尽くすようだった。
四肢が震えるほどの心地良さ。

茨木じゃないのに…いやだ…嫌なのに、それに反して歓びの声を上げる私の身体。
なんて浅ましい。

ー下郎の分際でー

それは阿久が抱える劣等感から来る発言か。それとも…
あの背中の傷が関係するのか…それは…あぁ、ダメだ…また、昇ってくる快楽に飲み込まれる…。
何も考えられなくなる。
まだ阿久の律動は止まらない。

心の内では、ひたすらに茨木の名を叫び続けていた。

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