花散里でもう一度
「伽耶、どうだ調子は。大分立派な腹になったもんだな。」

今日は秋祭りで下の里は賑わいでいるそうだ。
手土産に持って来た山菜の煮しめを伊吹に渡すと、私の腹に手をやる婆様。内から蹴り上げる感触がわかったのか、おかしそうに笑う。

婆様が下の里から遊びに来た。
重たい腹を撫でる手は優しく、何処か安らぎを感じてしまう。
今日は伊吹の相手と、薬の受け渡しに来てくれたのだ。

「お前の作る薬はよく効くと評判じゃ。隣村からも話を聞きつけて人が来る。この間なぞ、大きな傷を縫ってくれとお前を呼びに来た者もいた。あぁ、はらぼてで無理じゃと断ったからな、気にするな。」

手土産の山菜の煮しめを伊吹に渡すと、たいぎそうに板の間に腰掛ける。
伊吹は煮しめが気になって仕方ない様で、器の側から離れようとしないのが微笑ましい。

「今は縫うのは無理だが…薬の作り方位はいつでも教えるから、言ってくれ。」

曖昧に笑う私。
かつて願った通り、薬師として人の為に役立っていると言うに…素直に手放しでは喜ぶ気にはなれない。

「叔母さん、あまり伽耶に無茶なことは言わないでくれ。」

眉を潜めながら小屋に阿久が戻ってきた。
最近の阿久は、何かと私を心配するそぶりを見せる。
お前に心配される謂れは無い、そう思い、つい強がってしまう。

「それくらい大丈夫だ。山を降りるのがキツイだけで、ここに来てもらえれば直ぐに傷の一つや二つ縫ってやる。」

「お前は、直ぐにそうやって無茶な事ばかり…」

私たちの言い合いに吹き出した婆様が、心底ホッとしたように呟いた。

「よかった。悪たれ小僧も、やっと嫁っ子もらって…並みの幸せを知ることが出来た。ありがとうな伽耶。」

私はそんな婆様の言葉に何も返せなかった。
そんな間柄ではない。
唯の取引の結果、今ある姿になっただけで…。

そう言えば…と思い出した様に呟く婆様。

「その傷を負った隣り村の若い衆が言うておったが、切りかかって来た男は人を探しているようじゃったと。まだこの辺りにうろついてるとも限らない、気を付けろよ。」

「大方野盗の類いだろう、そもそもこんな山小屋に迄くるものか。」

「まぁ、そうじゃろうが。蛇の絵が描いてある布切れを残して行ったとか。何か意味が有るのかも分からんが、気味の悪い話じゃ。」

「…蛇…」

黙り込んだ阿久に怪訝な顔をする婆様。

「なんぞ心当たりでもあるのか?」

「いや、別に。」

なんでもない、と口の中で呟いた阿久は、形の良い眉を僅かにひそめた。


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