花散里でもう一度
完全に独りになるのは何年ぶりだろうか。
お目付役の不在に寄り、やっとあの場所に行けれる。
茨木達と最後に別れたあの峠。

辺りを見回して、人影の無いのを確認する。一枚上に羽織ると、小屋を出て歩き出す。


赤子が出来たとわかってからの阿久は、不可解なほどに私の世話を焼く様になった。
水を汲みに川に降りようとすれば、すっ飛んできて私の手からひったくるし、夏の暑い頃でさえ寒くはないかと気を揉むふうでもあった。

なんなんだ。
あの過保護っぷりは…。
あの顔で…。

当然、出歩く事にもいちいち口を出すし、あの峠に行くのも禁じられた。
反抗したところで無駄だろうし、後を付けられるなんて嫌だ。あいつにあの場所を教える気は無い。あそこが私にとってどんな意味を持つのか、知られたくない。

大きな腹では歩みもノロい。
運動不足の足には些かキツイが、今しか無いのだ。あの場所に行ったからといって、茨木に会えるとは限らない…いや、もう三年間ひたすら待った。
お願いだ。
今日こそ、私達を迎えに来てくれ。
無理な願いとわかっていながらも、願わずにはいられない。

つらつらと取り留めのない思考を繰り返す内にあの峠に着いた。

伊吹山の中腹に見えるお宮まで続く石段と、それを登る人の群れを遠く眺める。
きっと伊吹もあの中にいるのだろう。

目の前に広がる山々は、赤い紅葉が美しい反物を広げたように見える。
あの冬の日は一面の雪景色だった。

待ち人の姿はまだ見えない。
< 28 / 41 >

この作品をシェア

pagetop