花散里でもう一度

出産は紅竹のに立ち会った位で、さっぱりわからない。まして自分の身に降りかかる事となれば、落ちついてはいられない。

「取り乱すんじゃないよ、大丈夫、皆だれも通る道じゃ。赤子も頑張っておる。」

そうは言われても、痛いものは痛い。
陣痛の痛みに声もあげれず耐えるしかない。その間隔はどんどん狭まり、額からは玉の様な脂汗が滴り落ちる。

「初産じゃ、一昼夜産みの苦しみに耐えると覚悟せいよ。」

心なしか嬉しげな顔で言う婆様が、憎らしい程の苦しさだ。

いきまない様に、痛みを逃すため犬の様に口でハアハアと息を吐く。それが続けば喉はカラカラに干上がる。
目の前に突き出された椀に注がれた水は、甘露の如く干からびた喉を潤した。

陣痛が始まりもうそろそろ半日は経つ。
痛みに耐えるだけでも体力は削られる。
早くいきみたい。
もうその一念で犬の様な息を繰り返す私は、息も絶え絶えだ。

だから、婆様にいきんで良いと言われた私は、力の限り踏ん張った。
痛みの波に乗り、下腹に力を入れれば、重たい物体が、胎内を少しずつ下に下がって来る感触が伝わる。

「それぃ、次には出すぞ。ほれ!」

婆様の掛け声で、再び力一杯いきむ。
産道に手を差し込み、赤子の頭の形を細長く整える婆様は、咒師(まじないし)の様で怖くも有るが頼もしい。

ずるりと抜けた感触と、次いで大きな大きな泣き声が上がった。

「男の子じゃ、頑張ったなぁ。伽耶。」

まだ繋がったままの臍の緒をぶら下げ、その小さな小さな体を震わせ泣く我が子。
胸にだけば小さな手の先についている、これまた薄皮の様な小さな爪でカリカリと私の肌をかじる。

臍の緒を切り、布で包まれた赤子は目を開いたり閉じたりを繰り返していたが、疲れたのか目を閉じて大人しくしている。
可愛い、可愛くてならない。だけで無く、何があってもこの子を守らなくては…そう思った。

婆様が産湯で赤子を洗う。そっと怖がらせない様、ゆっくりゆっくり。
泣く事も無く、少し目を細め笑った様に口を開けた赤子を見て婆様は、大物じゃのうと喜んでいた。

後産も終り、体を綺麗に拭いてもらった私は、横に寝かされている赤子を見つめる。茨木の面影を探すが…やはり生まれたばかりの赤子の顔ではよくわからない。どちらかというと、私に似ているのだろうか。
それを少し残念に思いつつも、重要な事を思い出した。

角は…?


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