花散里でもう一度

鬼の世で角は「印」と呼ばれ、その数による序列があった。
差別と言い換える方が正しいか、とても厳しい物で、生まれた子を手に掛ける親がいる程だった。
二本角が最上、他に一本角、角なしの順に順位付けされていた。

赤子の額には…何も無い。
私と同じ滑らかな曲線が有るだけ。

「綺麗な顔立ちの子じゃのう。先が楽しみじゃ。」


曖昧に頷く私。

角なしは鬼の内には入らない。
それは…この子にとっていい事なんだろうか。


「それで、名前は何とする?」

さっきまで閉め出しを喰っていた爺様が、眦を下げ赤子を抱き上げた。

「名前…。」

考えていなかった訳では無い。
茨木と二人で話しても、なかなか決まらなかったのだ。

ジッと赤子の顔を見つめる。
その視線に気付いたのか、そっと目を開ける赤子。その瞳は、父親と同じく緑がかった灰色だ。少し茨木よりも濃い色目の瞳のせいか、そう不自然に見えはしないのは幸いか。


「…いぶき…」

ふと胸の内に浮かんだ名前。

葉月の頃、生命はより一層力を増す季節に生まれた子供だから。そのしなやかな強さにあやかりたいと思った。

「おうおう、お山の名前を貰うか。いい名じゃよ。」

「お山?」

胞衣を始末して来た婆様が、笑いながら教えてくれた。

「晴れた日には一際高い山が、家の前に見えるじゃろ。それが伊吹山じゃよ。どっしりと湛然と、私等人間があくせくするのをずーっと見守って下さる。お山に春が来れば雪解け水が里を潤し、作物が育つ。秋には山幸、枯枝でさえ儂等の生活に無くてはならない。ありがたぁいお山じゃて。」

しわくちゃの婆様が更に顔を皺にして笑う。

爺様も何度も頷く、皺に埋れた顔をしわくちゃにして。

無条件に祝福される、それがどれほど嬉しい事か、身に染みて分かった。

ポロポロと零れ落ちる涙が、頬を伝う。

この場には姿の無い鬼を想い、心が疼いた。

柔らかな小さな身体をかき抱き、頬をよせればそのすべすべとした滑らかさに驚いた。

あぁこんなにも、壊れやすそうな小さな

赤子が、我が子がこれ程愛おしい存在だとは…茨木に伝えたい。

茨木に抱いてもらいたい。

お前と私の子供だぞ、頑張ったなと…褒めてくれ。


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