オトコの娘。*彼氏、ときどき、女の子!?*
 
今日は葉司の様子を見に来たわけではなく、もう変装する必要もないので、やいやいと話し込む2人の会話を耳に入れつつ、あたしは堂々と愛菜に向けて視線を送る。

混み合っていて、話し声や店内の音楽でガヤガヤともしているけれど、あたしのアンテナは愛菜にばっちり向いているのだ。

愛菜の行動の一つとして、見逃しはしない。


そうしていると。

ガラガラ、ガシャンッ……!!


店内に大きな音が響き渡り、接客中のオトコの娘たちも、接客されているお客さんも、みんな一斉に音の出たほうへと顔を向けた。

話し込んでいた奈々とメルさんも、何事!? とそちらに顔を向けたのだけれど、あたしだけは微動だにしないまま、お盆を落とした人物がそれを拾い、立ち上がるのをじっと待つ。


今さっき、愛菜と目が合ったのだ。

動揺して手元がおぼつかなくなったらしい。


「し、失礼しました~……」


やがて、顔をお盆で半分隠した愛菜が、そう言いながら立ち上がり、店内はすぐに、今まで通りのガヤガヤとした空間に戻る。

けれど、当然ながら愛菜だけは、これでもかというくらいに目を見開き、口を開け、あたしたちのほうを向いた格好で固まったままだ。
 
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