俺を誘いたいのなら
俺もまぜてね
 溜息をついた。その、溜息とは逆に、空の色は抜けるように青い。

「何だ。溜息なんかついて」

 隣で歩く少し視線が高い慶介(けいすけ)は、こちらを見て聞いてくる。

「別にぃ……」 

 言わなくても、内心はバレていると思って、明言は避けた。

「……」

 やっぱり、何も聞いてこない。

 16歳でありながら今年大学を受験する医者の息子、近所や学校でも評判のエリート斉藤慶介(さいとう けいすけ)は、それでも高校の奉仕作業には真面目に参加する普通の少年だった。

 さらりと流した黒髪からのぞく切れ長の目と白い肌はいかにも知的で、秀才のイケメンという言葉がぴったり嵌る。

「ねえねえ、3組のヨシエちゃん慶介のこと好きなんだって、ずっと前から」

「だから?」

 いつ聞いても、微動だにしない横顔と、答え方は同じ。

「……好きじゃないんだよね……慶介は」

「何とも思わん」

「あそう……」

 というか、この人がなんとか思うってことの方が少ないか。

 冷静沈着、クール、年の割に大人、馬鹿はしない、ハメは外さない。

 16歳という年齢には相応しくないこの落ち着きに魅了される同世代の女子は無数にいる。だが、本人がそれらを相手にしないということは、きっともっと年上が好きなんだろう。

「慶介……保健の先生とか好きそう……」

 思いつきで発してみる。

「女だったら誰でもいいってもんじゃねえんだよ」

 いや、結構厳選して聞いたんですけど。

 ジャージ姿の2人が向かうは、校門の外。今日の作業場は少し遠く歩いて30分ほどかかる場所で、生徒3人+教員1名で行う予定だ。

私、矢倉 美春(やぐら みはる)としてはウキウキでリュックにお菓子を詰める始末だったが、慶介ときたら朝からこのテンションで。作業は作業と割り切っている様子だ。

美春、慶介、明るい髪の色でトラブルメーカー兼問題児の誠(まこと)、そして女生徒の憧れの的である那月(なつき)先生の4人で、夕方まで半密着できると思うだけで心は弾んだ。

 おはようからおやすみまでの完全密着とはいわないまでも、一緒に昼食をとれるのは確実だし、逆にこちらのことも視野に入れてもらえるということは……。妄想は膨らみに膨らんで、一巡りした後、結局先生がこちらに興味など示すわけがないといたり、溜息に到達する。

 いつものことだ。

 作業班が同じになり、心ばかりのダイエットや当日のヘアスタイルの予行演習など、準備を練るためにはや1か月が過ぎていたが、やはりこれといった収穫がないのが現実のようだった。

 現に今も、騒がしい誠の相手をしながら先へ先へと進んで行ってしまっている。

 一度だけあったミーティングの時も先生は、誠、慶介、その次に相手をしてくれるのが美春。女の子だからという手加減も特にないし、優しい視線、口調、ひいきも一切なし。

 まあ、それが先生の仕事だから仕方ないんだけどね……でもそれが、期待外れというか、なんというか。

 班が同じと知った時は、一人浮かれて大変だった。

 那月先生といえば背の高いスリムな体型の上に優しげな小顔で、今回運よく同じ班になったことでもちろん多数の女子に妬まれているが、そんなことでこの場を誰かに譲り渡すなど絶対にしたくなかった。

 そんな強い気持ちをもってはいるが、あまりにも先生のそっけない態度に、やっぱりただの生徒なんだと感じることは多い、というか毎日のこと。

 こちらは校則規定ぎりぎりまで髪の毛を丁寧に伸ばし、手入れしているにも関わらず、まさかそんなことを褒めてくれるわけでもないし、まるで某人間1のような扱い。

 きっと今も、誠と慶介があって、美春があるというおまけ程度で、こちらの赤面やテンパった言動にも全く何とも思っていない可能性が高い。

 慶介には前もってバレているのでいつも溜息をつかれているが、鈍い誠は何も気付いていないだろう。

 さて、一行は時間をかけて歩き、作業場所に到着した。その間も前2人、後ろ2人のペースは変わらず、乱れもせず、先生と話をするチャンスは一度もなく。時折慶介が口を開く程度で、だだっ広い野原を見て、晴天の朝の10時だというのに溜息が出た。

「慶介と誠は道具を持って、その後矢倉がゴミ袋を持って追いかける。いいな」

 先生の掃除の指示にも、いつも美春は慶介を見て返事をする。

「はい!」と元気よく。

 何故なら、その完全な男性の大人の美顔を見つめて返事をすることができないから。赤面してしまうから、いや、赤面しているのがバレてしまうから。

「……あの、指示してるの俺なんだけど?」

 先生は飽きれ顔でこちらを見ている気がしたが、そう思うと更に頬が紅潮し、

「わっ、分かってます!」

 と、慶介を見つめ、思い余ってその白い腕を掴んだ。

 慶介は鬱陶しいと言いたげに、無言ですぐに払いのけてがんじきを取り、奥へ歩きだす。

「さ、行こうぜ」

 誠もその輪から抜けて、指示されたがんじきを手に取って昨日草刈り機で刈られた草を集める作業を開始した。

「美春ちゃんいっつも慶介見て話すよな、先生が喋ると」

 誠は早くもがんじきの手を休め、明るく話始める。

「そっ、そんなことないよ」

 とゴミ袋を広げながら意識して誠と目を合せた。

「そ、話してるの俺なんだけど」 

 先生の声が聞こえた。こちらの方を見ているのは分かっていたが、どうしてもその方向を向く勇気が出ず、

「そんなことないです!」

 と、今度は誠を見つめて答えた。

「誠君、あっちから行こう」

 茫然とこちらを見つめる誠を追い越し、ゴミ袋を持って歩き始める。

「そんなに先生のこと、嫌いにならなくてもいいのに」

 誠の一言が背中に突き刺さり、足が止まったが振り返る余裕はなかった。

「あやっぱり嫌いなの、俺のこと」

 なんともシビアな会話が、背中の後ろで、しかものほほんと続けられている。身体は完全に硬直していた。

「先生モテそうにないしなあ」

 誠は信じられない言葉をひょうひょうと並べてくれる。

「失礼な!」

 先生の少し高くなった声に、誠は何ともなさそうに、がんじきを動かし始め、更に

「美春ちゃんは慶介が好きなんだろ?」

「ええっ!?」

 まさか誠がちまたの恋愛事情などに興味があると思っていなかったので、自分でも驚くほどの大声を上げた。

「だっていっつも見てるし」

 慶介はもうかなり遠くで作業しているので声は聞こえていないはずだ。

「いやまあ、好きか嫌いかっていったら好きの方だと思うけど。昔から知ってるし、仲いし。けど、好きか嫌いかで聞かれたら、好きの方ではない気がするなあ」

「……」

 自分でも言っている意味が分からなかったし、誠にも通じなかったようだ。

「さあ、掃除掃除」

 その背後からの低い、それでいて何ともなさそうな明い声に、私は一瞬振り返る。
 と、目が合ったのですぐに逸らした。

「そ、掃除しよう……。

あ、誠君。終わったらお菓子食べよ? 私今日張り切って持ってきたんだあ」

 誠に言いながら、その場にしゃがんで少しばかり集まった草をゴミ袋に入れ始める。

「俺も混ぜてね、持ってきてないから」

 再び後ろからの声に、なんとか少しだけ振り返り、盗み見る。にっこり笑顔で先生はこちらを見降ろしていた。

 思いっきり赤面して、固まる。

「…………」

 私はすぐに誠に視線を戻すと、何事もなかったかのように作業を再開させた。

< 1 / 4 >

この作品をシェア

pagetop