送り狼
翌日の朝…。
栞が、御神体の間へ出向いた時には、もう山神の姿はそこには無かった。
また、今日も意気揚々とあの娘の元へと向かったのだろう…。
激しい嫉妬から唇を強く噛む…。
自らの運命を呪いそうだ…。
人柱になる夢叶わず…
その上、主の心まで掠め取るとは…
これでは…私は…
どうやって生きていけば良い?
もう随分、主とまともに口を聞いていない様な気がする…。
主の心は…
栞に無い…。
愛しい主との平穏な時は、完全に崩壊してしまったのだ!
「…許せぬ…」
栞の唇が呪いの言葉を紡ぐ…
「……許せるものか…」
激しい負の心は、どのような素晴らしい人間でも
瞬く間に闇へと突き落とす…。
一度、闇へと身を落とした者は二度とそこから這い上がる事は叶わぬ…。
一生その負を背負って生きて行く事になる…。
神職者ある栞がそれを知らない筈はなかった…。
それでも……
許せなかったのだ!
そして…闇の迫る頃…
いつものように主が帰って来た…。
今夜は特に機嫌が良さそうだ。
主は、何を思い出してか一人、笑を浮かべている…。
あの娘の事だろう…
栞は機嫌の良い主に、表情一つ変えず言った。
「山神様…。今宵は、村の者から、悪鬼の祓いを受けております…。
席を外す事をお許しいただけますか?」
「…ん…??あぁ…。お前は優秀な巫女だからな。
よくしてやれ」
返答は返って来たものの、やはり、心ここにあらずだ。
「…では、お酒はここに用意しております故…」
栞は、一礼すると山神を残し、本殿を後にした。
『これで、主の邪魔が入る事はない…』
表に出た栞は、踵を返し、
代々守って来た山神神社を一度無表情に眺めた。
そして、険しい顔付きで前に向き直ると、
そのまま宵闇迫る闇の中へと消えて行った…。