送り狼

「入れ…」


低く、それでいて何処か丸みのある声…。


「ギィィ……」


重そうな音を立て、私達と山神を隔てていた扉が開いた。


覚悟はしてきたものの…


思わず生唾を飲み込む…。



真夏の朝日が差し込むその部屋は、眩しい程に日が差し込み、あの夜とは随分違う印象を与えた。

その眩しさときたら、あれだけ不気味な雰囲気を醸し出す神社の一角にある一部屋とは思えない程だ。


そして…


そんな朝日がひときわ集まる場所…


金色の、山神の細い髪の毛が朝日を受けてキラキラと輝き

身体全体が黄金色に輝いているように見えた……。


その神々しさときたら…

思わず言いたい事も忘れ息を呑む程だ…。


「…そろそろ来る頃だと思っていたぞ…」


山神の穏やかな声に、本来の目的を思い出す。


「あ、あの、あたし…!

 どうしても聞きたい事があって…」


山神は少し瞳を伏せ、はにかむような表情を見せた。

そして、鳴人に目配せをする。


「…では…ごゆっくりと…」


鳴人はそう言うと一礼し、

何の感情も伺えないビー玉のような瞳を残し、退室した。


今日の鳴人は少し様子がおかしいような気がする…

が、今はそれにかまけている時ではない。


「…さて…

 では、お前の話を聞こうか…」

そう言って私に向き直る山神の言葉は至って穏やかで、

ガチガチに凝り固まった私の緊張を少し和らげる…。


私は…

重たい口をついに開いた…。



「…あなた…

 言ってたよね…?

 『夏代子と交わした最後の約束』って…。

 あなたとおばあちゃんは何を約束したの!?」


興奮の余り、口調が荒くなる私に、

山神はさほど驚いた様子も見せず黙って瞳を閉じた。

まるで…

この事を予想していたかのように…。


「………」


「あたし…見たの…

 あれは…おばあちゃんの『最後の記憶』だと思う…。

 おばあちゃんが最後に一緒にいたのは…

 銀狼でなく、山神、あなたでしょう?」


「………」


「ねぇ…どうして?

 どうしてあたしにおばあちゃんの記憶があるの?

 どうして、最後に一緒に居た人が銀狼じゃないの?

 昔…何があったのっ!?」


「………」


山神は私の質問に答えない。

ただ、黙って瞳を閉じている。


私は、そんな山神へ強い視線を送る…。


「…黙ってないで、答えてよ…」


自分の言葉に

静かで…

それでいて、相手を射るような響きを持たせる。


瞳を伏せていた山神がゆっくりと瞳を開いた…。


そして、深い翠緑の瞳で真っ直ぐに私を見つめる…。


「…その瞳…。

 あの時と変わらんなぁ」



「…あの時…?」


厳しい顔付きで聞き返す私に、山神は遠い昔を懐かしむようにはにかむ。


「…あぁ、そうだ…」




< 122 / 164 >

この作品をシェア

pagetop