送り狼

「…銀狼…。私…、『夏代子』じゃないんだよ…」

言った…。

ついに言ってしまった。

この期に及んでも、わずかに揺れる私の感情…。

私は、私の動揺が彼に伝わらないよう細心の注意を払う。

これ以上、彼を苦しめたくはないからだ。

声は裏返ってないか?

ゆっくりと堂々と話せているか?

不安な自分の気持ちを仮面で覆い隠す。

「…な…にを、今更…」

銀狼は、変に口を歪め、奇妙な笑を作り出していた。

「お前は『夏代子』だろう…?

 『夏代子』の生まれ変わりではないか!

 だから、お前に断片的でも『夏代子』の記憶があるのだろう?」

懇願するような響きだった。

彼は今までこの事実を捻じ曲げてきた。

神である彼が、頭の隅にでもこの事実が全くよぎらなかったとは言い難い。

強引に…自分の都合の良いように…

『真央』を説き伏せてきたのだから…。


「…銀狼…。『夏代子』はもう居ないの…。

 何処にもいないの…」


静かにそう呟く私に、銀狼は顔全体を歪めてヘラヘラと不気味に笑いだした。


「じゃ…、じゃぁ、お前は誰なんだ?何者だと言うんだ?

 『夏代子』そっくりのその面差しは何だ?」

その質問に私は一瞬口を結ぶ。


それでも…


次の瞬間には話しだしたんだ…。


「…私は…『夏代子』の血縁者だよ…。

 『夏代子』は私のおばぁちゃん…。

 私は、『夏代子』の孫なの…」


銀狼の表情が固まった。

心臓をひと思いに串刺しにされたような表情で。


銀狼は暫く固まっていたかと思うと、やがて蒼白い顔付きで私に視線を移した。


だから…


全てを話した。


家族を、村人を捨てれなかった夏代子の選択を。

銀狼を愛するが故の夏代子の選択を。

銀狼の解放を心から願った夏代子の選択を。


そして…


夏代子は幸せな人生を送る事ができた事を…。


銀狼は相槌も打たず黙ってそれらを聞いていた…。

表情は依然と固まったままで。






 

 

 

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