送り狼

私は鳴人に昨夜起きた全ての事を話した。


鳴人は、時折相槌をうつだけで、黙って私の話を聞いていた。


「………なるほど…。犬神に魅入られた、かあ……」


その言葉に背筋がゾクっとした。


「真央ちゃん、『送り狼』っていうお伽話、知ってる??」


鳴人の唐突なこの質問に私は驚いた。

もちろん…私はこの話を知っている…。

子供の頃、毎晩おばあちゃんが語ってくれた、大好きなお話だ。

ただ、何故このタイミングで鳴人の口からこの話の事が出てくるのか…?

その意図が読めない…。


私は、少し戸惑いながら答える。


「う、うん。知ってる…。

 亡くなったおばあちゃんがよく話してくれたから…。

 山で迷った人を村まで導いてくれるってお話でしょ??」




「そうだね。でも、その話には裏話がある事は知ってる??」



鳴人の顔付きが変わった…。



「裏話??」



そんな話はおばあちゃんから聞いていない…。

鳴人が纏いだした重苦しい雰囲気に、

得体の知れない不安が私を襲う…。


「…本当はね…『送り狼』って、怖いお話なんだよ…」



私の中で衝撃が走った…。



「この辺りの神職者なら、皆知ってるお話だよ?

 確かに、『送り狼』は助け神でもあった…。

 でもね、その道中、彼を恐れたり、逃げたりすると、その人間は彼に喰われてしまう…。

 それが…『送り狼』の裏話…」



「え…??」



言葉が出て来ない…。


そんな話があるなんて知らなかった。

私がおばあちゃんから聞いたお話は、

どれも、犬神様が村人を救ってくれた、という話だけだったからだ。



「…それにね…」


動揺を隠せなくなった私を置いて

鳴人は続けた…。


「…犬神は…山神様を裏切ったんだ…。」


「…裏切った…?」


「そう…。」


鳴人の顔付きが更に険しくなる…。


「これもお伽話の一つなんだけど…、

 ある時、犬神は人柱を横取りして山神様に謀反を起こした…。」



……今……何て…??


私は、堪らず鳴人の瞳を凝視する…。


人柱を横取り…??


銀狼は私を『人柱』だと言った…。

『山神に狙われる』と言った…。


でも…これじゃぁ……


『私は、犬神にも山神にも喰われる』


って事…??


堪えきれない恐怖から、身体が小刻みに震えだす…。



それでもっ!!


私はこの辺りのお伽話に詳しい鳴人に聞いておきたい事があった。

震える身体を懸命に両手で抱き込むように押さえつけ

その事を口にする…。


「…ねぇ…。鳴人…。『人柱』って、一体何なの…?」


何より、これが一番気になる…。


「……………」


鳴人の表情が一瞬変わったように見えたが、気のせいだろうか?


「ん~…、僕もよく解らないんだけど、

 この村には、数百年に一度、神を癒す力を持った人間が生まれて来るんだって。

 その人間は神と一体になって代々この土地を守っているって話だよ」


鳴人は最後に、まぁ、これもお伽話だけどね!と明るく付け加えた。


私は、本当は鳴人にもっと『人柱』の具体的な話を期待していたのだが、

どうやら、鳴人もそれ以上は知らないようだった。



しかし……


もし、私が銀狼の言うように


本当の『人柱』だとしたら…??



なんて恐ろしい話だろう…。



今まで普通に生きて来た私が、

『本当にあった怖い話』ばりのミステリーに迷い込むなんてあり得ない。



ーーまだそうと決まったわけじゃないっ!!



私は必死に頭をブンブンと横に振った。



「真央ちゃん??」


そんな私の様子を見ていた鳴人が心配そうに声をかけてきた。



「鳴人…。あたし、やっぱり怖いや。

 今まで幽霊とか、そんな物とは無縁だっただけに、

 まだ昨日の事が信じられないし、

 また夜になって同じような事があったらって考えると……」


恐ろしい予感を振り払おうとするけれど…

昨夜あった事は、幻想でもなんでもない、

あれは、まごうことなき現実だ…。




「…………………」



私を心配そうに見つめていた鳴人が

何やら口の中でゴニョゴニョ唱え出した。


気のせいか、彼の掌が少し光っているように見える。


そして、その不思議な掌を私の額にあてた。




ーー!!



その瞬間、体全体に電撃が走った!!


「………。何…??今の……」


呆然とする私に、鳴人は甘い笑顔で答えた。


「真央ちゃんに、怖い事がおきないようにって魔除けのおまじない。だから、安心して?」


私の身体に走った確かな衝撃は、

嫌でも、そういう類の物が現実である事を自覚させた。


「……ありがとう……」



私は、小さな声でつぶやいた。








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