送り狼


「今度の『人柱』は山神神社の巫女さん出ではねぇんだとよ」

「まことけ?そりゃ、いったい、どこの娘け?」

「川を越えたとこに犬神神社があるじゃろ?その奥にポツンと一軒ある、あそこの一番上の娘さんじゃて」

「はぁー、あっこの娘さんけ。あそこは、おっかさん一人で、子沢山じゃき、娘さんとられりゃ、生活が苦しかろうて」


「また、なんで、そっただとこ娘さんに『人柱』の素質がついたんだかのぅ。神さんに一番近い人間がいっつも選ばれてたのにのぅ」


「わからん。神さんが決める事じゃけのぅ。ほんに、可哀相に…」




聞き耳を立てていた彼は、農夫の話が本当なら、面白い、と思った。


歴代の『人柱』は、農夫らの言う通り、山神神社の巫女だと決まっていたからだ。

神に力を与える人間は普通の人間ではない。

幼き頃より、霊的能力を高める教育を受け、さらに、特別な要素が合わさって、初めて芳醇な香りを放つ『人柱』になれるのだ。


それ故、数十年に一度、どうかすれば、数百年に一度しか出ない時もあるほどだ。


それほど、『人柱』という存在は貴重なものなのだ。



「聞いたか?銀狼。今回は巫女ではないのだとさ」


彼は残忍な笑を浮かべた。


巫女である『人柱』を喰らい続けてきた彼は、正直、巫女自体に飽きていたのだ。

『人柱』になる教育を受けてきた彼女らは、その時が来ても、

騒ぐわけでもなく、命乞いをするわけでもなく、ただただ、静かに瞳を閉じているだけで、

どうも、面白味にかけていたのだ。

巫女の出ではないという、ただそれだけでも、彼にとって十分興味深い事だった。



「どうやら、お前の管轄にある娘のようだな。お前、知ってるか?」


子供が、新しいおもちゃを与えられた時のように、瞳を輝かせながら、隣にいる銀狼に尋ねる。


「…………………」



銀狼からの返答がない。

不思議に思い、彼は銀狼に視線を移した。

そこには、時が止まったかのように、微動だせず、宙を見据える銀狼の姿があった。



「どうした?銀狼?お前知ってるのか?」


「……………」


「おいっ!聞いてるのか!?」


彼の呼びかけに、ハッと我に返った銀狼はやっとその瞳に彼の姿を映した。


「どうした?急に、お前様子が変だぞ?」


「……なんでもない。つまらん噂話に少し眠くなっただけだ」


いつも通りの、ひょうひょうとした顔付きで

そう答える銀狼に、彼は、最もだ!と笑って答えた。


「百聞一見にしかず。では、早速その娘を拝みに行ってみるとするか!」


行くぞ。と目配せをする彼に、銀狼は背を向けた。


「今日は、気が乗らん…。行きたければ、お前一人で行け。俺は帰って寝る」


「おいっ!?」



銀狼は彼の返答も待たずに、風に乗って姿を消してしまったのだった。






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