送り狼


「どぉぉーんっ!!どぉんっ!どんっ!」



黒いベルベットの夜空に

大輪の華が咲く。


夜空に咲く美しい花弁の余韻は、

その命と同じ瞬間、

うっすらと室内を照らしだした。



そこは闇の一番濃い場所。

一段高くなった段差は上座を表していた。

その中央に白い光に包まれた男が

神々しく鎮座する。



私を『夏代子』と呼んだ男は

放たれる神々しさとは裏腹に

肘置きに頬杖をつきながら、

だらしなく片膝を立てて座り

口元に微笑みをたたえながらも、

鋭い眼光で私を見下ろしていた。



そして彼の持つ雰囲気は

一見、銀狼の物と何処か似ているように感じさせられた。


その容貌も銀狼に負けず劣らずの美男で、

銀狼の長い銀髪とは正反対に

絹糸のように細く柔らかそうな金髪が肩までかかっており、

金髪の奥から覗くその鋭い眼光は、真夏の山々の生命力を思わせるような

深緑の色をたたえていた。




―――これが………「神様」……。



私は、本能で、そう感じ取っていた。



銀狼も『神』なのだが、彼をよく観察してみれば

まとう雰囲気が似ているようでまるで異なる物である事に気付く。


目の前のこの男の方が、数段格上なのはあきらかだった。





彼の神々しさに気圧されて、

身動きすら取れない私に、

彼が微笑みながら口を開いた。



「先程までの勇ましさはどうした?夏代子」




---その呼び方……


この重苦しい雰囲気の中でさえ、

私はその呼び名に腹立たしさを感じる。



「あたし……夏代子じゃないし…」


震えながら、やっと私の口から出たのは

この言葉だった。


私の言葉に男は深緑の瞳を一瞬見開いた。

が、すぐに、またあの不敵な笑を浮かべた。


「そうか、そうか。もしや…とは思っていたが……

 俺の術は完璧には掛かりきれて無かったようだな…」



「……術…??

 ……一体何の話…??」



「…では、お前の今の名は何という?」



―――神様とは総じて人の話を聞かないものなのだろうか?


「……真央……」



「…「真央」…か…。

 どれ、良く顔を見せておくれ。」



「どぉーーーんっ!!」



夜空に打ち上げられた花火が刹那に

暗い室内に明かりを灯す。



「真央……近くに来ておくれ…」



何故だか解らないが……



―――私はこの男に逆らえる気がしない―――





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