どこからどこまで
「懐かしいね~、よくみんなで食べてたもんね~」


 少しも躊躇わずにシャーペンを手放し、スプーンを手に取った。

 懐かしさと好物を目の前にしてしまったら、そりゃあ単位なんて!


「さな、昔からすきだよね、それ」


 ベッドに腰掛けた翔ちゃんが、満足そうに、柔らかく笑った。


「すきだよ~。薫もすきだよ~。実家にいた頃は最後の1個になると、よく取り合いになってたなー」

「ジャンケン3回勝負で勝った方が食べられる、とか?」

「そう!なんでわかったの?」

「……わかるよ。かわんないね」


 今日の翔ちゃんは、なんだかよく笑う。それは、とてもよいことだ。

 でも、今の笑い方はなんか、なんでだろう、寂しそう。

 メロンシャーベットをすくったスプーンが止まる。


「翔ちゃ、」
「溶けるよ」

「あ"、」


 慌ててスプーンを口に運んだ頃には、いつもの翔ちゃんに戻っていた。

 気のせい…じゃ、ないよね……?


「……翔ちゃん、さっきレポート書いてたの?」

「え?うん」

「もう終わったの?」

「うん、一応」

「じゃああたし、これ食べ終わったら帰るね」

「なんで?」


 いや、なんでって……。

 軽く首を傾けた翔ちゃんにつられて、思わずあたしまで鏡のように同じ方向へ首を傾げてしまった。


「だって翔ちゃん、もう寝るでしょ?」

「寝ないよ?」

「なんで?」

「なんでも」

「えー?明日起きれないよ~?」

「さなが起こしてくれるでしょ?」

「起こすけど…」


 そういえば、"変な気を遣うな"とか、"起こしてくれなきゃ起きられない"とか、前に言われたような気がした。

 これは何を言ってもだめだろうな…。

 あたしが翔ちゃんの部屋にいる間、自分の部屋の電気代その他諸々は浮いている。お金など渡したところで絶対に受け取ってはくれない。

 何か、お礼がしたいのになあ。

 あたしがそんなことを考えているとも知らずに、翔ちゃんはベッドに寝転がって頬杖をついた。


「そんなことよりさ、決めた?行きたいとこ」

「え…?あぁ、うん!決めたよー」

「どこ?」

「海!」

「いや、だから…どこの?」


 頬杖をついていた手を口にあてて笑う。

 ほんとに今日はよく笑うなあ。お酒でも入ってんのかな。それとも、ただ単に眠くてちょっとテンションがおかしいだけなのか。
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