壁越しのアルカロイド
今、一番会いたくない人が、
扉越しに居る。
逃げ道は当然ない。
そこで会話が途切れてしまったので、梨奈は猟師に追い詰められた鹿のようにプルプルしながら懸命に声を絞り出した。
「…い、家に一回帰ったの…?」
「…まだ。どこかの誰かさんが猛ダッシュで俺を置いていったからね。今帰って来たとこ。」
墓穴を掘ったーー…っ。
ケロリと帰って来た毒のある返答に、梨奈はヒェーっ!と顔を強張らせた。
「話の途中に戦線離脱なんて…、よく俺相手に出来たね。」
「すっいませんでした。ごめんなさい。出来れば全て忘れて下さい。即座に忘れて下さい。」
梨奈はビュービューと絶対零度で凍る扉へ、相手からは見えないのになりふり構わずブンッと勢い良く頭を下げる。
それでも氷の王様、古川翔から繰り出されるため息は非常に冷たいものばかりだった。
「……で?一応聞くけど、なんでそんな所に立て籠もってんの?」
「…それは……。」
「それは?」
「は、恥ずかしかったから……。」
恥ずかしかった。
いや、現在進行形で恥ずかしい。
なんであんな事を言ってしまったんだ自分。
梨菜はまた両手で自分の顔を覆い隠す。
あああぁああぁああぁと後悔の奇声を発する幼馴染に若干引きながら翔は根気強く訪ねた。