壁越しのアルカロイド
「…何が恥ずかしいわけ?」
「え?何って…、だって…。さっき…私言っちゃったじゃん。おもわず、ボロボロ…っとさ…。」
そう。
言っちゃった。
やらかしてしまったのだ。
古川翔はいわゆる幼馴染である。
隣の部屋に住んでいて、同じ年に産まれたとあっていつの間にか家族ぐるみで付き合いがあった。
物心付いた時にはもう彼は側にいて、手を繋いで一緒の幼稚園に通っていたのが梨奈の一番古い記憶だ。
翔は、それはそれは天使みたいな容姿をしていた。
栗色に近い癖っ毛と、クリクリの瞳。
あどけない唇に、透き通るようなすべすべの白い肌。
どんな大人でもデレデレになるような見た目を持った翔を、どこ吹く風と無邪気に引っ張り回していたのは鼻水垂らした梨奈で。
酷く引っ込み思案で大人しかった天使みたいな翔の定位置は、いつの間にか梨奈の背後になっていた。
梨奈の後ろからちょこんと様子を伺うように瞳だけ覗かせる翔に、誰しもがピンク色のハートを掴まれた。
まだその時は梨奈の方が背が高くて。
いつからだろう。
身長も抜かれ、背後に隠れなくなり、
ハキハキ喋り、ツンと目を細めて他人を威嚇し、
その内梨奈にまで毒を吐き始めたのは。