スナック富士子【第四話】

僕なら、そもそもそんなことしないけれど、何かの拍子にそんなことになってしまったとしても、はっきりさせずにはいられないだろうと思う。だから「言わずにはいられなくなるその時」なんてとっくだろうと僕は思うけど、一樹にはまだその時が来ないっていうのか。そしてその時を待てばいいなんて、どうかしてる、直紀さんも。僕は水切りのグラスを新たにひとつ取って布巾で包んだ。きゅきゅ、と布巾とグラスが鳴った。

「不満そうな顔・・・」
直紀さんが僕を見て苦笑いをしている。
「え?」
見られているとは思っていなかった僕は直紀さんの声に我に返ってグラスを拭いていた手を止めた。
「お兄さんの方も、弟の方も裏切ってる。それをそのままにしておくなんて」
直紀さんはそう言いながら目顔で「もう一杯頂戴?」と空になったグラスを掲げた。僕は氷だけが入った空のグラスを受け取る。
「そう、思っているんでしょ?」
僕は「さあね」と肩を上げた。冷蔵庫からスライスしたライムのタッパーを出してウォッカトニックを作る。


一樹はどちらかと言えば女性のような優しい顔立ちをしていて、それでいて趣味はサッカーだとか男らしいところがあってもてる。それは本人も多分自覚していて、女の子に程ほどに良い顔をするし、もうひとつ彼がもてる要因は、一樹が女性に興味がないところだ。結局誰の物にもならない男だから女性達はみんな期待して彼を自分のものにしたい思い続ける。実際には彼はゲイで、そして相手が男ならこんな風に見境がない。快楽に溺れやすいただの男だ。少なくとも今の彼はそうだ。

僕が知る限り彼が本気で恋をしていたのは僕らが高校生だった時で、あの頃の一樹を知っているから、僕は今の一樹の恋の話なんか本気で聞く気がしない。なんだろう。どこか、違う気がしてしまうのだ。彼の本気はこんなんじゃない。

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