暗黒の頂の向こうへ
第十六章 頂の向こうへ
ほんのりと赤身を帯びた、桜の木が見える。 鮮やかな緑色の芝生が広がる丘の上に、金色の髪の毛を靡かせて、凛として立つ人影。 そして親しく寄り添う少女。 爽やかな風で、二人の頭上を花びらが舞う。
 「おねえちゃん。 何を見てるの?」
 「夕日の向こうに、希望の光を見ているの。 希望の未来を」
 「どういう事。 ひとみ、判らない?」
女性はゆっくりとしゃがみ、少女の目線で瞳を見つめながら、申し訳なさそうに謝る。 「又だめだったみたい。 ごめんね。 本当にごめんね。 でも私は、何度でも挑戦する。 ひとみちゃんを助けるために。 決して諦めない」 
少女には、女性の言葉の意味が全くわからない。
「あ……。 空が変。 誰か来る?」 
空を茜色に染めた夕日を背中に、隆一を抱えた守が、かげろうのようにダイブアウトしてくる。 そして隆一の亡骸を桜の木の下に担い、ゆっくりと電子銃をかまえた。
「マリア。 もう十分だろう。 少女を解放してやれ。 お前のわがままで、何度も放射能の高熱にさらすのは、可哀想だ。 ここで終わりにしよう。 歴史が人類に裁きを与えたように、俺とお前の裁きは、歴史が下すだろう」
マリアは険しい表情から、一転安心したかのように、優しく頬をゆるませた。
「守の言う通りね。 でも私は明るい未来を諦めない。 かすかな光でも、届くまでは……。 ここで諦めたら、今までの行動が全てむなしい事になる。 あなたと戦ってでも、私は希望の光をつかみ取る。 でも、 あなたに阻止されるなら、私は本望よ。 守。 私を止めてみて」
マリアは寄り添う少女の瞳を見つめ、優しく抱き寄せ囁いた。
「ひとみちゃん、少し時間をちょうだい。 絶対に戻ってくるから。
未来を掴んで来るから」
 少女は状況を理解できない。 しかしマリアの言葉を信じ、うつむき小さくうなずいた。
守はマリアと向き合う少女を見て、疑問に思った。
広島の原爆体験の時に、抱えながら消えていった少女に、どことなく似ていると。
マリアは目を見開く。 ダイブスーツのリミッターを解除して、エネルギー最大で、守がダイブアウトした出口に飛び込んだ。
 守も全開で後を追う。
「マリア。 今からでは、俺が後にした時代に戻れない。 別の過去にダイブアウトするようになる。 手遅れだ」
マリアは解っていた。 守のたどった世界に戻る事が容易でない事を。 なぜなら、守が広島に原爆を落として去った入口が、すでに閉ざされてしまえば、二度と同じ時代には戻れないからである。 歴史は大きな変動がない限り、元通りの歴史に修復してしまうからである。
マリアは暗黒の時空空間を限界ギリギリまで飛ばし、心の光、希望の光を目指した。 心臓の鼓動が全身に響く。 すると見つめる視線の向こうに、一筋の光が現れた。
その光は弱々しく、今まさに閉じようとしている。
 「とどけ…… とどけ……」
マリアはその光めがけて、入口をこじ開けようと電子銃の弾丸に希望の思いを乗せ、何度も放った。
入口の光は、よどみ激しく変形した。
守は閉じようとしていた扉の衝撃に備えて、マリアに覆い被さる。
マリアと守は重なり合うように体を強引にねじ込み、激しい衝撃音とともに時空の壁を突破した。
二人は呼吸をするのも忘れ、落下中の原爆を探す。
矢のような勢いで、原爆炸裂高度580メートル目がけて落ちて行く。
「原爆は、どこ……?」
「あった!」 ダイブスーツのパワー全開で飛ばす。
「もう少しで届く。 あと少しで時代を掴む。」
だが二人に残されて時間はない。 900メートル、300メートルと、凄まじい勢いで原爆に迫る。 二人の緊張は限界を超えていた。
けたたましく、ダイブスーツのデッドサインの警報が鳴る。
あと少し、マリアの右手が原爆に触れようとした瞬間。
「間に合わない。 爆発する!」
爆発回避のために守は、マリアと自分の強制ダイブボタンに手を伸ばした。
「ピカー……!」 「ドーン……!」
強烈な閃光が走り、瞬間的に大気が膨張し、強烈な爆風と衝撃波が音速を超える。 この光景を後に、《ピカドン》と呼ぶ。
爆発の衝撃波が、光の後に来るからである。

二人は間一髪、揉み合うように時空空間に飛び込んだ。
マリアはあと一歩のところで、掴みかけていた時代を、そして希望の光を逃した。 孤独なプライドは幻に変わり、自分の力のなさを嘆き、絶望の中で落胆した。
 もう二人のダイブスーツのエネルギーは、僅かしかない。
かろうじて、少女のいる時代に戻れる程度であった。
二人は力なく少女の待つ時代に向け、時空空間を進んだ。
「何故そんなに、あの少女にこだわる……」
マリアは諦めきれない気持ちを懐きながら、守の疑問に答えた。
「私は、守と隆一と同じように孤児院出身なの。 私は母の記憶が全くない。 でも母に会いたい。 人混みを見ると、見たことの無い、
母の面影を探してしまう。 会いたい一心で、色々な時代や、場所にダイブして手がかりを探した。 やっとの思いで、孤児である母の足跡を見つけた。 それが、ひとみちゃんがいるワシントン州の孤児院。 しかし、母はいなかった。 何故かは解らない。
核戦争で、微かな糸口も無くなった。 当時、母と同じ苦しみを味わった少女を見ると、他人事には思えない。 生きていれば、同じ年代の女性に優しくせずにはいられない。 私は歴史を変えて、母に会いたい。 ひとみちゃんを助けたい。 ひとみちゃんは、私にとって希望の光なの。 でもその我が儘が、ひとみちゃんを何度も何度も、苦しめる事になった。 正直、苦しかった。 耐えられなかった……」

桜の木の下で待つ少女は、真っ赤な太陽を見つめ、マリアの無事を案じ、胸に手をあてて祈った。
マリアと守が崩れるようにダイブアウトして来る。
マリアは涙を流しながら、膝をつき這うように少女に近づいた。
震える声を出して、力強く少女を抱きしめる。
「ひとみちゃん、今まで本当にごめんなさい。 私の我が儘で、何度も痛い思いをさせて……。 もう1人にはさせない。 私も最後まで一緒にいるから」
辺りは一変した。 暖かい太陽の光を消すように、激しい光が
三人を包んだ。
マリアと守には、事態を好転させるエネルギーは残されていなかった。
 二人は覚悟していた。 しかし気丈なマリアが人生で初めて弱音を吐く。
 「守。 私……。 怖い……」
 「大丈夫だ。 俺も最後まで一緒だ……」 
守は自分のダイブスーツのジャケットを、やさしくマリアの肩にかけ、少女を優しく抱き寄せ、隆一の肩に手をおいた。 
 「止めてくれてありがとう。 もう、怯えなくていい。 あなたといる時だけ、孤独を忘れられた。 ありがとう。 私は、あなたを……」
 その瞬間5000度を超える熱風は、4人の心を解放するように
癒すように、天空に誘った。
マリアの望んだ希望の光は輝きを失い、歩んだ道はむなしい風となった。 魂はさまよい、時空を漂い、時の河は幾度となく流れた。
人類が犯した罪を、浄化するように。

春の暖かい風が吹く。 夕日の光が眩しく降り注ぐ。
小鳥がさえずり、満開の桜の花びらが、風で空を舞う。 美しい桜の木の下に、痛々しく傷ついた少女がダイブスーツに身を包み、倒れている。 心と体を癒すように、花びらが少女の頬をつたう。
そこに、葉巻をくわえた黒ずくめの謎の人物が、静かに近づき少女を優しく抱きかかえた。
 「あなたの大事な大事な希望の光を、未来の思いを、今受け取りました。 あなたが歩んだ道を、この少女は必ず照らしてくれるでしょう。 あなたの眼差しはそこにあります。 そして私は、もう一度思い出を無くした息子と出会う為に……。
魂よ、安らかに……。 最高の指導者、マリア様へ」

END

作 山中隆広
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