カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―


あのムワッとした空間で、高い階段を昇り、大きな扉の前に立つ。
呼吸を整えてからインターホンを鳴らそうと思っていた矢先、目の前の扉は勝手に開いた。


「美雪!」
「……上から見てたの?」
「見てたんじゃなく、“待ってた”んだよ」


要のオフィス内には前に一度入ったことがある。
窓は、この建物の入り口側に面していたから、きっとそこから私が入って来るのを確認したんだと思って言った。

だけど、その微妙なニュアンスの違いが引っ掛かるのか知らないけど、要は「待ってた」と笑顔で言って私をオフィスに招き入れた。

元から要にはあまり出さないとはいえ、今日は本当にその笑顔に応える“営業スマイル”も出せない。
ヒタ……と、作業部屋に踏み入れると、この間とは違う雰囲気。


ああ。今日は時間が早いから。
窓から射し込む光の色が違うのね。

大きな窓を見つめると、そこには一面の青。

その青を見上げて要が言う。


「いいでしょ。天然のキャンバス」


……ほんと。窓枠があって、時間によって空が変わる。たったそれだけなのに、部屋の中まで違って見える。
なんかこんな自然を感じる場所で仕事が出来たら、少しは頭の中もクリアになるかしら。


「美雪も気に入った?」


気づいたら、要はジーンズのポケットに親指をかけながら私を見てて。
軽く腕まくりされた袖や、裾で作られてるシワのひとつひとつが、窓のキャンバスに描かれた青い作品とひとつになっているようで。

ゆっくりと視界をあげていくと、なぜか満足気な顔をしてる要がいて、私は我に返って、ぷいと頭を横に逸らした。


「今、見惚れてた?」
「……デザイナーっていうのはそんなに自分に自信のある男ばかりなの?」
「さぁ? ただ、オレは美雪ならずっと見てたいけどね」
「ばっ……用件はなにかしら? もう10分は経ってるわよ?」


こんな歳下の安い口説き文句に、思わず身体じゅうが一気に熱を帯びてしまうなんて。

雄々しくないせいか、余計に色気があるのよ、この子。
だからそんなセリフを言われたら、不覚にもドキリとしちゃうじゃない。



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