絶滅危惧種『ヒト』
翌日になっても、次の犠牲者は現れなかった。

孝明と共に帰国した、今回の南極観測隊員全員の検査が行なわれたが、特にこれといった異常は発見されていない。

そこで、たまたま孝明だけが感染した、非伝染性のものだった可能性が高まり、関係者を少しだけホッとさせた。


なぜなら……

このウイルスはワクチンが作れないからである。

ワクチンが作れないというと語弊があって、作ることが不可能というわけではない。

一般的にウイルスに使うワクチンとは、鶏卵やウサギの腎臓などでウイルスを増殖させ、後に不活化させるのだが、いかんせんこのウイルスは死なないのだ。

0度以下で冷凍させると、活動を休止するが、常温に戻すと活動を再開する。

一般的にウイルスは、他の動物の細胞の中でしか生きることが出来ない為、それを取り出して乾燥させると、たいがい死滅するのだけれど、このウイルスはそれでも死なないのである。

この為、不活化させることが出来ない為に、生きたまま作る、生ワクチンしか作ることが出来ないのだけれど、日本国内では生ワクチンの使用が認可されていないのである。


もしこれが伝染性だったなら……

間違いなく人類は滅亡の危機に晒されるかもしれない。


すでにWHOにもこのウイルスの存在は報告され、引き続き経過観察とウイルスの研究が行なわれることになった。

翌日になっても、その翌日になっても新しい感染者の報告はない。

直樹は井上と電話で話をし、このまま杞憂で終わって欲しいと願って電話を切った直後に電話が鳴った。

普段は自分の携帯電話はロッカーの中に入れて電源を切っているのだが、今はたまたま井上に電話をかけた為、手に持っている。


見るとディスプレイには、弟の聖人の名前があった。

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