ボレロ - 第三楽章 -


「彼女をご存知でしたか」


「いや、初めて会った」



堂本へ、須藤社長の前で繰り広げられた様子を話して聞かせると 「それは大変でしたね」 と言いつつ、苦しそうに笑いを堪えている。

彼女を知っているのかと聞き返した。



「珠貴さんのご友人です」


「それにしては、君と親しそうだったな」


「イタリアにいた珠貴さんのところへ遊びに来た結歌さんと、何度かご一緒しましたので」


「そうだったのか。しかし、りくちゃんとは……なつかれたものだな」



知弘さんのもとで仕事をしていた堂本は、イタリア時代の珠貴を知っている。

その頃、結歌さんも声楽を学ぶためにイタリアに留学中で、珠貴のもとへよく来ていたらしい。



「聞こえましたか。堂本って名前は堅苦しいから、名前で呼んだほうがいいと結歌さんが言うもので……

なつかれたというか、慕われたというか。結歌さんに警戒心をいだく人はいないんじゃないですか」


「うん。大胆に近づいてきたかと思えば、過ちに気がついて泣きながら謝る。なんとも素直な人だ」


「そこが彼女の魅力でしょうか。ですが、結歌さんのことだから、あのままではすまないと思いますが……」



おおらかで感情が豊か、責任感が強く行動力があり姉御肌ときている。

珠貴の父親に誤解させたことを悔やんでいるに違いない。 

あの様子では、誤解を解くために須藤社長のもとへ行きかねないと、堂本は冗談ではない口ぶりだった。



「間が悪かったとしか言いようがないな。彼女の責任じゃない。様子を見るか……そうだ、平岡はどうした」


「スケジュールの再調整をされるということで、私が代わりに参りました」


「あっ、いま何時だ!」



腕時計を確かめて顔が青くなった。

約束の二時間はとっくに過ぎ、午後の予定に食い込んでいる。

平岡の苦々しい顔が浮かんだ。



「平岡さんから伝言です。埋め合わせを楽しみにしています。ということでした」


「あぁ……」



突然現れた女に振り回され、須藤社長には愛想をつかされ、平岡には呆れられた。

踏んだり蹴ったりだとぼやく私を、堂本が気の毒そうに見ていたが 「彼女、憎めない人だな」 というと、「そうなんです」 となんだか嬉しそうだ。

親しい素振りで近寄ってきたときの媚びた顔、ごめんなさいと謝る顔、堂本にすがる必死な顔。

短い間に見えた波多野結歌のいろんな顔を思い出し、ふっと笑いがこみ上げてきた。

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