ボレロ - 第三楽章 -
「須藤さん、いかがでしょう」
「はっ、はい」
須藤社長は慌てて返事をしたが、父の問いへの返事は出てこない。
予想外の提案に考えが追いつかないのだろう。
「宗一郎が、そちらの事業も継がなければならないのでしょうか。
そうなりますと、また考え直さなければなりませんが」
「いえ、私どもは珠貴を跡にと考えてまいりましたので、その点はご心配いりません」
「そうですか、それは良かった」
母は父の話にうなずきながらも、ここへ来たときと変わらぬ顔だった。
珠貴はどうかと見ると、戸惑いが大きいようで、まだ状況を受け入れるまでにいたっていないのか、不安とも迷いとも取れる顔をしている。
須藤夫人は娘よりも複雑な表情で、二人の父親を見つめていた。
「宗一郎、これでいいな」
「はっ、はい」
反射的に父の問いかけに返事をしていた。
それも須藤社長と同じ反応で……
話題の中心である私へ、たった一度の意思確認で話が進もうとしている。
これで決着がついた……のだろうか。
私の返事を聞き、父と須藤社長は互いに頷き合ったが、珠貴と彼女の母親の顔はまだ曇ったままだった。
その二人へ母が話しかけた。
「珠貴さん」
「はい」
「知弘さんと静夏の結婚式へ、宗一郎と並んで出席してくださると嬉しいわ」
「えっ……あの」
「珠貴さんと宗一郎、来月のお式に並んで出席していただいたいのですが、奥様、いかがでしょう」
「そこまでご配慮を……おそれいります」
「宗一郎の願いでもありましたので、お聞き届けいただきたいと思いまして、無理を承知で申し上げました」
珠貴が弾けたように私を見た。
そうなの? と無言で問う顔にうなずくと、とたんに目が潤み顔を覆ってしまった。
そばに行って肩を抱いてやりたいが、親が居並ぶ前ではそうもいかない。
珠貴の誕生日までに籍を入れたいと、両親に私の意向を伝えた。
静夏たちの結婚式に珠貴と並んで出席したいと願った。
けれどそれは、珠貴を近衛家に迎えるつもりでの発言だ。
まさか私が、須藤家の一員として珠貴と並んで出席することになるとは……
「知弘の結婚式に二人一緒にですか……なるほど、それはいいですね」
「須藤さん、ではお許しをいただけますか」
「はい」
「来月の結婚式までに、二人も入籍ということでよろしいでしょうか」
「入籍もということになりますか……近衛さんがそのように望まれるのでしたら……そうですね」
入籍の言葉に須藤社長が迷いをみせたが、大きく譲歩した近衛側への遠慮からか、肯定ととれる返事があった。
そこへ父が最後の押しで確認する。
「では、承知していただけますか」
「はい」
あぁ、良かった……
父のこのひと言で、部屋に張りつめた空気が緩み和やかな雰囲気になった。
「息子をよろしくお願いします」 「こちらこそ よろしくお願いします」 と父親たちは手を固く握り合っている。
私へも手が差し伸べられ、遠慮がちに握手を交わす。
珠貴も母親たちのそばに呼ばれ、女同士の会話が始まっていた。
頃合を見計らったように新たに茶菓が運ばれてきた。
さっそくですが、今後のことについて決めましょうか……と言い出したのは父で、そうですねと須藤社長も同意し、このあと食事でもいかがですかと持ちかけている。
父親二人は、手帳を取り出し早くも打ち合わせに入った。
結婚とは、本人たちの意思とは関係のないところで進んでいくものなのか……
私と珠貴の場合は 「家」 をはずしては考えられない。
親の了解なくしては何も進まないのだからいたしかたないのだが、どちらも動かない状態で大きく譲歩したのは父だったが、入籍まで認めさせるとは、すごいと言うほかはない。
こちらが譲歩したことで須藤家はなにかと遠慮することになり、実は近衛の方が優位な立場に立ったのかもしれない。
父はそこまで先を見越していたのか、それとも私のための決断だったのか。
須藤社長は、あれほど反対していたのにあっさり認めてくださったということは、名前だけの問題だったのか。
では、珠貴の思いは伝わらないままなのか……
目の前の父親二人を見ながら、どうにもスッキリとしない思いが胸の奥でくすぶっていた。