ボレロ - 第三楽章 -

間奏曲 - intermezzo - (インテルメッゾ)




『間奏曲』は、本編から離れた話です。

11話 bravura con ブラヴラ コン (精神こめて大胆に) の頃のエピソードです。

宗一郎と珠貴の休日は・・・



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海に映る月には神秘的な美しさがあった

そこに水面を見つめる二人がいたなら 甘美な時を演出してくれるに違いない

何気ない会話も月明かりの魔力で甘さが加わり 気持ちが徐々に重なっていく

それは 濃密な時へとつながるための前奏曲

前奏曲の余韻に浸りながら静かに始まる第一楽章は さぞ甘い旋律を奏でるはず

それもこれも 恋人と一緒であることが前提のシチュエーションだけど……


……われながら なんて気取った例えだろう

月の魔力に毒されたのか 自分の過剰装飾なたとえに呆れ ハンドルを握りながら自嘲の笑いがこぼれた

ヘアピンカーブの標識が見え ブレーキを踏んだところで現実に引き戻された

カーブを過ぎると 『この先5キロは道なりです』 とナビの音声ガイドがあり 甘い空想を振り切るように

思いっきりアクセルを踏み込んだ

波間にきらめく光に時おり目をやりながら 私はひとり夜の海岸線を東に走っていた




『至急知らせたいことがある 何時になってもかまわない 今日中に会いたい 場所はメールした 

話はその場で話す…それから 行き先は他言無用で頼む 一人で来てくれ じゃぁ 今夜……』


早朝 起きて間もない時間帯に宗からかかってきた電話に緊張が走った

何があったのだろう まず心配が先に立った

「どうしたの 何かあったの?」 と言葉を挟むこともできず 彼の一方的な伝言だけの電話だったが

会話の簡潔さが差し迫った事態を物語っている


宗のこの頃の忙しさは尋常ではない

それでなくてもかねてから多忙であるのに 容易ではない問題を抱えているらしい

丸田会長に絡んだものであると思われるが それだけではないようだ

「私にも関係のあることでしょう?」 と聞いてみたが 「落ち着いたら話すから……」 としか言ってくれず

それは私への気遣いであるとわかっているが 「苦悩」 を共有させてもらえない寂しさがあった


昨年の今ごろも仕事に追われ 同じような状況だった

けれどあの時は 「ホワイトデーを忘れていた 助けてもらえないだろうか」 と助けを求める声があり

私は張り切って彼の力になった

それが 今年はホワイトデーどころか バレンタインデーにチョコレートを渡したことさえ覚えていないかもしれない


いえ……そんなことはどうでもいい 

二人の記念日を覚えていたり 私好みのプレゼントを用意したり 気の利いた場をサプライズで設けたり 

そんな演出は彼に似合わないし して欲しいとも思わない

私が愛する近衛宗一郎は 仕事に没頭すると何もかも忘れてしまう そんな人 

そして あるとき 「はっ……」 と忘れていたことに気がつき 「ごめん……」 と謝ってくる

謝る潔さと素直さが いかにも彼らしい


よくわかっているつもり

わかっているつもりだけど……

一抹の寂しさをぬぐうことのできない自分もここにいる


信号待ちになり 助手席に置いたブルーを基調にしたラッピングの箱の数々に目をやった

今年もみなさんがホワイトデーを覚えていてくださり こうしてお返しのプレゼントをくださった

それはやはり嬉しいものだ


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