スケッチブック
何を賭ける?
 そんな理由から始まった絵描き勝負。
 ただ描いただけじゃつまらないからと、お互い何かを賭けようと彼が言い出したのだった。

「『賭ける』って何を賭けるの?」

 スケッチブックを探している彼の背中越しで、後ろに手を組んだ彼女が不思議そうな顔をして首を傾げた。

「うーん、そうだなぁ~。モノとかだと面白くないし……、あ、あったあった、スケッチブック」

 スケッチブックを手に取り、彼女の方に振り返った。彼はそのまま本棚にもたれかかると人差し指を顎に置き、何かを考えているような面持ちで天井を見上げていた。

「……! そうだ! こうしよう! 君が負けたら僕の友人に電話をして、僕の事をどれだけ愛しているか僕の目の前で言う!」
「なっ!? 何それっ!? そんなの嫌よ!」
「何で? 簡単じゃない。僕に勝てばそんな事しなくて済むんだからさ。それとも──。自信無いの? 美大出身なのに?」
「……っ!」

 こう言えば彼女は彼の挑戦を受けると最初から判っていた。彼も絵には自信がある方だ。でも、彼女はそれを知らない。
「『判ったわよ。じ、じゃあ、貴方は何を賭けるの?」
「えっ? 僕は……“もし”僕が負けたら、君の友達に電話をしていかに君の事を愛しているか延々と話を……」
「や、止めてよ! そんなの友達に迷惑じゃない!」

 その様子を想像してしまったのか、彼女は顔を真っ赤にしながら両頬を手で包み込んだ。

「しかも、それって普段からやってるじゃない! 私がいない時に携帯が鳴ると勝手にでちゃって」
「だって皆に教えたいんだもの。僕は君と一緒に居ることが出来て、とても幸せなんだって事を、さ」

 口を尖らせて困った顔をしている彼女の気も知らず、彼はその尖った口に触れたくなり顔を寄せた。

「ちょっ、ちょっと、人の話聞いてるの!?」

 急に距離を縮めて来た彼の顔を両手で塞ぐと、彼女の指の隙間から不服そうにしている彼の目が見える。
「もうっ! ――! そうだ!! 貴方が負けたら、今日一日私に指一本触れないってのはどう?」
「嫌だ」

 即答で返事が返って来て、彼女は思わず声を出して笑ってしまった。家の中だけならまだしも、外であろうが親の前であろうが事ある毎にスキンシップを取ろうとする彼だから、拒否されるのは予め予想がついていた。

「あ、嫌?」

 彼の口が動いて手の平がこそばゆくなり、彼の顔を塞いでいた手を取る。満面の笑みで彼にそう尋ねると、眉間に皺を寄せ頬を少し膨らました彼がぶんぶんと頭を上下に振った。

「じゃあ、これで決まりね!」
「なっ!? 君こそ人の話聞いてる??」
「聞いてますよー。さっ、描こう描こう!」

 彼の手からスケッチブックを奪うと、するりと彼の腕から抜け出て行った。
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