産後1ヶ月
「あの・・もうお水飲んでもいいですかね?」


助産師さんに尋ねた。



心地良いお産である無痛分娩の唯一の難点と思えたのが、一切の飲食禁止。


麻酔開始から出産まで20時間近くかかった私は、かれこれ20時間水分を摂取していない。


簡単に聞こえるかもしれないが、これはなかなか大ごとだ。


水を飲めないことがこんなにも大変なこととは知らなかった。


空腹は我慢できても、脱水のきついことと言ったら無い。


いやまあ、点滴を打っているから体内は脱水などしていないのだが、ノドの方はカラッカラの砂漠状態。


麻酔中、隣でペットボトルの水をぐい飲みする夫を横目に「クソー、終わったらこれでもかって位水を飲んでやるぞ、一気飲みだ!」などと考えていた。


「飲んでも大丈夫だけど、ちょっとずつにしてね。いきなり沢山飲んじゃうと気持ち悪くなっちゃうから」


助産師さんはそう言った。


ビールのコマーシャル並にぐーっと一気飲みしたかった所だが、気持ち悪くなっても困るので、仕方なくちびちびと口に入れた。


20時間待ちわびた給水は非常に地味に終わった。



気がつくと時計は夜の9時を回り、病院は消灯の時間となった。


夫は帰宅し、私は明日から始まる母子同室に備えて早々眠りにつくことにした。


何だかんだで昨夜は一睡もしていない、さすがに疲れている。


だが、目を瞑ってもなかなか眠れない。


無理もない。


数時間前に人生初めての出産を終えたばかりなのだ。



自分の股ぐらから小さな人間が出てきたあの瞬間の情景が頭の中をぐるぐる回り、脳内が興奮しきっている。


まさにアドレナリン大放出。


それでいてどこか現実味を感じられないような感覚もあり、とにかく不思議な気持ちでいっぱいなのだ。


私は枕元の携帯を手に取り、先ほど夫が送ってくれた生まれたての息子の写真を開いた。



これが私の子供かー。



眠れない夜に携帯など見ていたら余計に眠れなくなることは百も承知だが、息子の誕生が間違いなく現実であることを確認するように画面に食い入った。
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