トワイライト
「瞳子。あなただったの。私の母の遺骨(いこつ)を神埼家に移してくれたのは……」
  と、理子は小さく呟やいた。




  この瞬間理子の心の中に長い間燻(くすぶ)り続けていた、瞳子に対するわずかばかりの心のわだかまりが、グラスの中でゆっくりと氷が溶けていくような速度でもって全て消えた。




  尚、普段からプライドの高かった瞳子がこの前理子に対して自分が犯した罪を謝罪するために、人の目もはばからずに土下座までした。その時理子は瞳子の姿に消えやすくはかないことのたとえである泡沫(うたかた)と言う言葉が重なった。そう、突き詰めて見れば人生なんて、川に浮かんでは儚(はかな)く消えて行く泡のように短い。そう考えれば今回の事も罪は罪として受けとめ謝罪が出来きて、双方が和解出来たのならば、相手に対する憎悪やトラウマの呪縛は早く解いてしまった方が良い。



  そんな事を踏まえたらやはり嵩晃の妻である瞳子をいつまでも敵対視し続ける事は、ナンセスな事である。まあ、そうは言っても簡単に割り切れないのが人間と言うもの。だから少なからず理子は瞳子に対して憎悪の気持ちが、ずっと心の片隅に常に燻り続けていた事も確か。
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