散華の麗人
あの日、亡くさずに済んだ希望。
それでも、あの日から会うことは殆ど無かった。
(未だ、許されていない。)
妻を守りきれなかった。
「俺には父の資格が無い。」
真っ直ぐと見据える先には復讐心が見えた。
(母を奪ったのは奴の裏切りでは無い。俺の弱さと浅はかさだ。容易く人間を信じた愚かさだ。)
だから、此処で立ち止まれない。
空へ手を伸ばす。
「伊緒」
正室の名を呼んだ。
当然、返事はない。
「美玲」
側室の名も呼ぶ。
同じく、返事はない。
「……伊緒、美玲。」
亡くした妻の名前を呼ぶ。
「薫。」
そして、裏切り者の名を呼ぶ。
伸ばした手は何も掴むことなく、地面に落ちた。
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