冷寂悲
……それは、ただひとりの男のため
悲しくて冷たい

こんな感情を何と言えばいいのだろう

誰かに触れていたい

けれど、他人が怖い

拒絶していたい

でも、ひとりは……寂しい


着物姿の男性は布団から身を起こし、自室の窓から空を仰ぎ見た。
身体には包帯が巻かれ、布団の脇には薬湯が置いてある。

「わからなんだ。」

この感情の名前が……
空虚にも似た、この心の穴の塞ぎ方が

「何が解らないんだ?」

背後から掛かる声に、男性は自室の入口の方を振り向いた。

そこには、女性のように細いが、全体的に調和が取れた体躯をしている青年がいた。

「松戸治部少」
男性は青年を呼ぶ。

治部少とは正式には“治部少輔”
治部という、事務や政をする奉行の中でも、“少輔”と呼ばれる位のことだ。

「市川刑部卿。」
松戸が男性を呼ぶ。

刑部卿とは
刑部という、罪人を裁く奉行の中でも、“卿”という、少輔よりかなり高い位だ。

「いや……我は少し腑抜けになったのやも知れぬ。」
そう言うと、市川は目を伏せた。
「見舞いに来たのか。済まぬな。」
「何を言う。お前は私の友だ。」
松戸は市川にそう言いながら、戸を閉めた。

その言葉に市川は嬉しさで涙が出そうになった。

実際、友と言われたのは初めてではない。

幼い頃から2人は友であったし、それは今でも変わらない。

松戸は頭が良く、腕が立つので周りから尊敬されている。
しかし、それはあくまで実力的な意味合いでの話だ。
話すことが極度に苦手で、自分から話さない。
おまけに、いつも生真面目な表情をしている為、友人と言える友人は少ない。

一方、市川は松戸と同じか上回る程に知勇を兼ね備えている。
周りからも慕われており、人望に厚い。
また、自分からは話しかけることは少ないが、話すことは苦手ではなかった。

だが、数日前に市川の屋敷で火事騒動があり、市川は火傷を全身に負った。

さらに、その傷口から病原菌が入り、病に侵されている。

戦には到底、復帰出来ないと言われた。

慕ってくれていた者は心配したが、市川は冷たくあしらった。

別に、嫌なわけではなかった。

しかし、心配されたりすることに対して、どうすべきかわからなかったのだ。

周囲の者は離れていった。
市川の態度のせいに加え、あまりにも痛々しい姿に、どう接するべきかわからなかった。

唯一、松戸だけは市川をわかってくれた。

だから、こうしてここにいる。

「我に……ぬし程の理解者が居って良かった。」
「突然、何を言う?」
体調でも悪いのか?という表情で、松戸は市川の顔を見る。
「治部少。ちと、良いか?」
そう言われた松戸はその言葉の意図を察して、市川の側に座った。

そして、背中を向ける。

市川はその背中に寄り掛かった。

「小姓の頃のようだな。」
「あぁ。」
松戸は相槌を打ちながら、小姓の頃を思い出した。


“どんどんっ”
幼い少年が乱暴に部屋の戸を叩く。
『やれ、どうした?』
すると、中から、少年が出てきた。
『宰伊』
少年は相手を呼んだ。
しかし、宰伊と呼ばれた少年は不機嫌そうにしているだけだ。

宰伊は松戸の幼名だ。

『吉野』
宰伊は不機嫌そうにそう言った。

吉野は市川の幼い頃の通称だ。
生まれが吉野という地名だからだろう。
幼名を伊与といったが、本人が通称の方が気に入っている為、そう呼ぶ者が多い。

『どうした?』
宰伊の顔を見て、吉野はそう問いながら部屋に招いた。

そして、わざと外方を向く。

宰伊は吉野に寄り掛かった。

何があったかは聞かない。

強がりな宰伊のことだ。

どうせ答えはしない。

そうわかっていたし、自分もまた、そういった強がりの類いだと自覚している。

やがて、時が経ち、ポツリと宰伊が話し始める。

『吉野は……嫌いか?』
『何がだ?』
吉野は首を傾げた。
『わしがだ。』
宰伊はじっと吉野を見る。
『何だ。また、誰かに嫌われたか。』
吉野はクスクスと笑った。
『ぬしは誠に難儀な性格よの。』
『わしとて、好きでこんな性格ではない。』
宰伊は膨れっ面をした。
『案ずるな。我はぬしを裏切らぬよ。』
吉野は静かに言う。

その言葉から少しの間、沈黙があった。
『ん。』
宰伊はそう言うと、吉野の背を頭で軽く叩いた。


「あの時とは、いつの間にか逆になったな。」
「変わらぬよ。」
市川に松戸は静かに言った。
「わしは今も昔もお前に救われている。」
「……そうか。」
(未だに、我をそう評価するか。)
松戸は目を伏せた。
(我が死ねば、ぬしはどうなるのかの。)
そう思いながら、僅かに背を曲げた。
「ぬしは友を作ったが良かろ。」
(斯様に情けない我よりも良い友を……)
市川はそう言うと激しく咳き込んだ。
「刑部!?」
松戸は振り返って、市川の肩に触れた。
「案ずるな。平気だ。」
市川は松戸をちらとだけ見て言った。
「寝ておけ。やはり、具合が悪そうだ。」
「良い。」
心配そうな松戸から市川は視線を逸らした。

その瞬間、ふと、心に隙間ができたような気持ちになった。

「刑部?」
怪訝そうな友の声に答えられなかった。

まただ。

あの、何とも形容出来ない感情

悲しくて冷たい

市川は再び、友に触れようとした。

誰かに触れていれば、この冷たさは消える

そんな気がした。

だけど、やめた。

他人が怖い

そう、思ったのだ。

元々、他人は他人と割り切り、接していた。
だから、怖いとかいう感情は、物理的な面を除いては抱かないはずだった。

それを、よりによって友である彼に抱いている。

強面でもなければ、見慣れた、整った顔だ。

拒絶していたいと強く思う。
同時に、真逆の感情が沸いた。

「ひとりは……寂しい」
そんな、らしくない言葉を吐いてしまった。
「……そうか。」
らしくないとも、自分がいるから大丈夫だとも言わずに、松戸は市川の言葉を真っ直ぐ受け止めた。
そして、市川に触れた。
“ならば、わしが傍に居よう。”
その言葉は言わずとも、市川に伝わった。
「不甲斐無いな。」
市川はそう言って、友に身を委ねた。
「それは、わしもだ。」
松戸は僅かに笑った。
「互いに依存しているということだ。滑稽だな。」
「誠にな。」
市川は目を閉じた。

そうか。

この感情は……

寂しいと思ったあの心は

友を求めてたのか。

市川はようやく辿り着いた答えに妙に納得しながら、友の暖かさに微睡んだ。
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