恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~
暫しの沈黙のあとだった。



「なんだか、気持ちいいな」

「は?」



今度は私がきょとんとする番だ。
男はじっと私を見つめてる。不愉快な笑い声も今は無い。



「話し方とか考え方が、女の子にしては気持ち良いよ。潔いというのか」

「藤井さん!」



なんと返そうか困ったところで、カウンターの中から声が聞こえた。
カフェのマスターがこちらを伺っているのが見える。


すっと立ち上がったのは今話していた男で、座っていた時には気づかなかった背の高さに少し目を瞬いた。


もう一度私に向けた視線は無言で、手のひらだけがバイバイと言っている。


片割れの後輩君もその背中を追って行き、少々毒気を抜かれてしまった私は、なんのリアクションもできずにマスターと話す男を見つめていた。


藤井っていうのか。マスターと知り合い?



「からかわれただけよ。変に反応しない方がいいよ」


恵美の言葉で我に返ると、彼女は憮然として男の背中を睨んでいて


「ナンパするにしても、余りにも失礼じゃない?ないわあれは」


まぁね。だけど無防備に恥ずかしい会話をしてた私たちも少し悪い。


「もう出ようか。ね、買い物行く前に、店にここのシュークリーム差し入れに持ってってあげようよ。今繁忙期だし皆喜ぶよ」



恵美様のご機嫌が悪くなったので話を切り替えて、早々に退散することにした。


レジ横のショーケースの中にはシュークリームの他に自家製ケーキが並んでいる。
店員を捕まえて、シュークリームを今日出勤の人数分、箱に詰めてもらう。恵美と私、4個ずつだ。


会計を待っている間、さっきよりもカウンター位置が近くて、マスター達の会話が少しだけ聞き取れる。
何か、商品の納品の話をしているようだった。


ほんとに仕事中だったんだ。


店を出るまで、何度か男に目を向けたけれど、視線が合うことはもうなかった。
< 12 / 398 >

この作品をシェア

pagetop