琥珀色の時間


父の書斎を受け継いだことが 今の仕事につながった

絵画鑑賞が何より好きだった父と突然の別れがやってきたのは 私が駆け出し

のライターとして雑誌に記事が載りはじめた頃だった

一年前に旅立った母の後を追うように あっけなくこの世に別れを告げた父は 

私に大きな家と膨大な画集 および 書籍が収められた書斎を残してくれた

こんな家に一人で住むなんてと叔母は反対したが 私は一人で過ごす孤独より

育った家を離れる寂しさに耐えられなかった

積み上げられた本に囲まれて暮らすことは 私にとっては日常で 小さい頃から

聞かされた父の話は生活の糧になってくれた


いっぱしの美術ライターとして名が通るようになった頃 私の書く辛口の記事は

新人画家たちにとって将来を左右することもあるらしく 私の記事で 筆を

おいた新人も少なくないと聞いている

自分の実力を棚に上げ 展覧会の選にもれたのは私の記事のせいだと 怒鳴り

込んでくる者もいた ”J” もそのひとりだった


アポイントメントもなく いきなり私の家の玄関に現れた彼は 絵を描かない

アンタなんかに何がわかるのかと 拳を握り締めいきり立っていた

そんなところにいないで こちらにどうぞ と応接間に招き入れると サイド

ボード前で立ち止まりウィスキーのラベルを一瞥した



「スコッチの趣味は悪くないみたいだね」


「ありがとう アナタに褒めてもらえるなんて思わなかったわ 

見返りが必要? どんな記事がいいかしら」


「バカにしないでくれ 良いと思ったからそう言ったまでだ 

悪ければ悪いというだけさ」



神経質そうな目が私を睨み 正直な口が本音を吐き出していく

これまで家にやってきた輩とは 彼は別の人種だった



「私も同じよ ウソは言えない性格なの」


「それじゃぁ 僕の絵は それほどひどいってことなのか 

アナタの記事を読む限りそういうことになる 

バランスがどうだこうだと そんなこと感性の違いじゃないか」


「感性も大事よ でもね 構図ってそれなりの意味があるの 

むやみに壊すと 描かれたものすべて  生きるものが生きてこないのよ」


「古い物をぶち壊す必要だってある いつまでも型に囚われるのは

新しいものを生み出さない 

現に僕の絵を高く評価してくれている人だっているじゃないか」


「そう……アナタがそう思うのならそれでいいじゃない 

なぜ私のところに来たの 

アナタを評価してくれる人の言葉を聞いて 自分の信じる道を進んでいけば

いいでしょう」



期待の新人として大きく扱われ 概ね好意的な評価がつけられた彼の絵に 

私は……
 

”この作者には足りないものがある 構図をぶち壊して満足している 

安っぽい自尊心が見えるようだ” 


と酷評したのだから 腹をたてて当然だろう



「僕の絵に異を唱える人がいる 僕を否定する人を

見過ごすわけにはいかない」



抗議などに取り合わず 帰りなさい と言ってしまうのは簡単だったが 彼の

持つ鷹揚さには不思議な魅力があった

もっと話をしていたいと思わせる何かが彼にはあった

その ”なにか” を認めるまでに 私は長い時間をかけることになるの

だった



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