神の愛し子と暗闇の王子
足が、重い。

濃密な霧が立ち込める奥深い森の中。整備されていないその森は伸びるに任せた草木が覆い茂り、ここに光は届かない。

薄暗く視界も不明瞭なその中に、一人の少女が彷徨っていた。

学校からの帰りだったのか、はたまた登校中だったのか。

白かったであろう制服は泥や草の色で汚れ、頬には草で切ったのか一筋の傷が出来ている。

明らかにおぼつかない足取りの彼女は近くにあった木の幹に手をつくと、そのまま背を預けずるずるとその場に座り込んだ。

(もう、ダメだ)

足にも、腕にも、身体にも力が入らない。

息をするのも億劫で、瞼が酷く重く感じられた。

もう、何時間この森を彷徨っていただろう。

覆い茂る木の枝の所為で空は見えず、今が午後なのか午前なのかも分からない。

唯一頼りになる携帯は、最悪なことにバッテリー切れだ。

昨夜、遅くまで友人と電話しそのまま充電せずに寝てしまったのが原因だろう。

最悪だ、と荒い呼吸の中でため息をつき少女は重い瞼を伏せる。

……自分は、ここで死んでしまうのだろうか。

ふと湧いて出た疑問はまるで半紙に垂らした墨のように、じわじわと広がり彼女の胸の内を真っ黒に染め上げる。

絶望が、彼女の心を支配した。

誰にも娶られず、自分はこの森の中でひっそりと死んでいく。

自分が死んだあと、この身体が獣の餌になるのは明白。

骨だけしか――下手をすれば骨も残らず、自分はずっとこの地で一人。

――なんて、悲しいのだろう。

自分が勝手に想像しておきながら涙が出てくる。

じわりと滲んできた涙を重たい腕を持ち上げて拭い、少女はだらりと腕を下げた。

力なく垂れ下がった腕は地面をかすり、指先に何かの棘が刺さる。

鋭い痛みに顔を僅かに歪めた時だ。



「――あら、あなた人間ね?」


凛とした声が耳朶に響く。

こんな場所で聞こえるはずのない声と、何せ状況が状況である。

とうとう天からの迎えが来たかと、うっすらと目を開けて声の主を見ようとした瞬間。

突如、自分の意志とは反して視界が真っ暗になった。

まるで闇の中に吸い込まれたかのように、意識がどんどん遠くなる。

始めこそそれに抗っていた少女だったが、次第にそれも億劫となり、ゆっくりと意識を手放した。




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