神の愛し子と暗闇の王子
「……あなたが悲鳴なんかあげるから」

「俺が目を覚ましたのは銃声なんだがな」



頭上で響く、心地よい低音ボイスを聞きながら、てっきり死んでしまったと思っていた野薔薇の声が聞こえ、少女はパッチリと瞳を開ける。

先ほどより心なしか目線が高くなったその先には、瞳を紅く染めた野薔薇が深いため息とともに、白いソファーに背を預け握っていた手を軽く緩める。

すると、彼女の手の中からぽとりと鉛玉が落ちて柔らかなソファーに沈み、少女は信じられないように鉛玉と野薔薇を交互に見やった。

そんな彼女を、白衣の彼は呆れたような表情を向けて、無遠慮にも少女を指差す。



「……お前さぁ、今の自分の状況、何とも思わない訳?」

「へ……?」



奇妙な声をあげて、少女は改めて自分の姿をしげしげと見下ろす。

地についているはずの足は宙に浮いており、よくよく見れば自分の視界は横向きになっている気が……。



「って、きゃあ!?」

「うるさい」

「ご、ごめんなさ――っ!?」



視界をあげた瞬間に映った、琥珀の瞳。

透き通った、けれどどこか陰りを帯びたその瞳に。

圧倒的な雰囲気に、少女は――呑まれた。

陽光を反射してなお美しい漆黒の髪をした髪に、ともすれば女性よりも綺麗な白磁の肌。

切れ長の瞳は人間離れした琥珀色で、すらりとした容姿は文句のつけどころのないほど完ぺきだった。

そんな、まるで雑誌の中からでも出て来たかのような彼に自分は、信じられないことに横抱きにされていた。

これが悲鳴をあげずにいられるだろうか。いや、いられまい。

紅月と呼ばれた彼は、自分を凝視する少女に不思議そうな瞳を向け、軽く小首をかしげると、白衣の彼に視線を映した。




「どうして人間が、ここに?」

「嗚呼。どうやら、森に迷い込んできたみたいでな。運よくここの前に倒れてたのを野薔薇が見つけたらしい」

「そう。野薔薇が。……相変わらずお人好しなんだな」

「うるさい」



ソファーにもたれてうつらうつらしていた野薔薇は、薄らと目を開けてギロリと紅月を睨む。

その瞳は既に落ちついた紫色で、先ほど見た彼女の紅い瞳が幻のようだ。

彼を射殺さんばかりに睨みつけていた野薔薇だったが、すぐに眠気が襲ってきたのか彼女の瞼はゆっくりと閉ざされ、遂にはずるりと背もたれから滑りソファーに寝転がる形になる。

それを目をぱちくりさせていた少女に、不意に二人の視線が重なった。

どこか鋭い視線にびくりと身をすくませる彼女をさり気なく地面に下ろし、紅月は腕組みをして首をかしげる。




「で? お前、名前は?」

「名前……?」

「……お前まさか名前忘れたとかそんな冗談なしな」

「……。柊、映と言います」





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