君のところへあと少し。
(その14)奏と日和

10

「ナリにどこまで聞いた?」


ベッドの中で抱き合ったまま、奏はポツリと話し始めた。

「おうちが会社を経営してる、奏が跡取り、縁談話がでてる。かな。」
「ははは。かなり要約してあるけどそんな感じかな。ヤマトっていう建設会社知ってる?」

日和は上半身を起こし、奏の胸に頬を寄せて頷く。
「あれ、オヤジの会社。俺はさ、オヤジが政略結婚した相手の子なんだ。だから、愛情なんてこれっぽっちもなかった。バイオリンはそんな中で唯一オヤジから与えて貰ったものだったんだ。だから、頑張った。認めてもらいたかったから。」

日和の暖かい掌が頬を撫でた。

泣いているのにその時気付く。

「だけど、どんだけ上手くなっても、バイオリニストになって世界に出ても、あの人は何も認めてはくれなかった。
俺はさ、あの人の駒なんだ。
今、その駒を揃えてまた事業拡大しようとしてる。
駒である俺も戻らなきゃならなくなった。

バイオリニストとしてではなく、駒として帰って来いと。

帰って来て政略結婚しろと。

嫌だと断ったら条件を幾つか飲むから、と言われた。

俺は、日和を妻として迎える事を認める事、バイオリニストとして活動するのを許可する事、結婚式はしない事、生活拠点はここから動かさない事をあげた。

そしたらさ。

バイオリンか日和を選べと言われた。

だから。」


「奏⁉」

勢いよく起き上がると日和は取り乱したように叫んだ。

「まさかバイオリン捨てたとか言うんじゃないよね⁈」

「捨てたよ。案外とあっさり。日和を失うくらいなら簡単だよ。元々はあの人が与えてくれたものだからさ。
バイオリンなくても、日和と生活出来て赤ちゃんできたらさ、俺も護るモノができて仕事やる気でるじゃん。」

「奏⁉何言ってんの⁈バイオリンは奏の宝物なんだよ?それを」
「宝物はたくさんある。日和、お前が一番の宝物なんだ。」


一点を見つめて話していた奏が、身体を起こしまっすぐに日和を見つめて言った。

「お前に変わるものなんてこの世にないんだ。愛してる、日和。だから、、、俺の妻になって。赤ちゃん産んで。幸せにするから。誓うから…」


こんなに思い悩んでたなんて…。
でも、気持ちは決まってる。
離れたりなんかしないよ、絶対に。

「奏のお嫁さんにしてね。可愛い赤ちゃん生むから。女の子がいいね、たくさん、愛情あげて、そしたら、、、」

涙を見せたくなかった。
だけど、抱きしめられたら無理だった。

「幸せにする。日和、離れないで。」


頷くだけで精一杯だった。


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