懐かしい味
 渡されたものは手作りのパウンドケーキ。ナッツやチョコなどが入っていないシンプルなパウンドケーキ。

「これ、お前が作ったのか?」
「うん!友達に教わって作ったの!」

 甘いものが好きな善希は受け取り、それを一切れ食べた。

「どう?」
「悪くない、上手だな。お前」
「やった!」

 初めて作ったパウンドケーキを気に入ってもらえて、女の子は飛び跳ねて喜んだ。
 隣にいる女の子の父は娘の小さな手を握った。

「行こうか。君、すまなかったね」
「いや・・・・・・」
「お兄ちゃん、バイバイ!また会おうね!」

 こんなところで再会するのはごめんだ。そう思いながら、残りのパウンドケーキをしっかりと持って、女の子に手を振った。
 その女の子と再会したのは十年後だった。

「善希、質問に答えてよ」
「あ?悪い、何だっけ?」
「だから、どうしてそんなにパウンドケーキが好きなの?」

 今もオーブンで焼いているパウンドケーキを見つめている。あの頃と香りが同じで懐かしく、優しい味を思い出している。

「もう少し先になってから話す」
「今すぐ聞きたい」
「簡単に言うと、俺にとって始まりでもあり、特別でもあるんだよ」
「よくわかんない・・・・・・」

 まさか目の前にいる彼女があのときの女の子だと最初は思わなかった。この話をすればどんな反応をするのか、善希は内心楽しみにしている。

「できたよ!」
「お!やっとだな!」

 流望がパウンドケーキを皿に乗せ、均等に切り分ける。善希は流望を小さな女の子と重ね合わせながら、静かに眺めていた。

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