君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】




朝ご飯、本当はちゃんと栄養を考えて作られているから
食べないといけないのかもしれないけど、
食べ物が喉を通ってくれなかった。





体が……拒絶をしているような感覚。





「理佳ちゃん、今日は食欲もう一つみたいだね。
 どれ、少し診せてくれるかい」




託実くんのベッドの方から、
気が付いたら私の様子を見に来てくれた
宗成先生の声が聞こえた。




今日は……ピアノ弾いてもいい?




ここ数日、ピアノを触れてないから
自分の心がコントロール出来ないよ。





ちゃんと、誰にも迷惑かけずに
静かに、いい子でいないといけないのに……。




「うん。

 今日は少し体の方は調子よさそうだね。
 朝ご飯が食べられなかったのは、心の問題かな?

 僕が理佳ちゃんの主治医になった時から、
 どれだけ理佳ちゃんが必死に、今を生きてきたか僕は理解してるつもりだよ。

 体の為だからって、僕は沢山の制限を理佳ちゃんにしてる。
 だけど理佳ちゃんは、ちゃんと僕の指示を守ってくれてるよね。 

 
 そうやって頑張ってる理佳ちゃんだから、誰よりも自分の命を必死に向き合ってる
 理佳ちゃんだったから、昨日は託実のことが許せなかったんだよな。

 ずっと我慢して抱えてた理佳ちゃんの本音。
 ストレスを初めて、言葉に出来た日でもあるんじゃないかな。

 だけど自分の心を曝け出すときって言うのはとてもパワーが必要で、
 時として、対人する存在を傷つけることもある。

 言ってしまった後、理佳ちゃんはまた別の苦しみに気が付いただろう?

 だから今は、一時的にご飯が食べられないのかもしれないね。
 
 一気に点滴で水分量を増やして、心臓に負担をかけることもやりたくない。
 
 だから……今日は午前中に30分。
 午後から調子が良かったら、ミニコンサートを15分。

 大好きなピアノに触れて、自分の心を消化しておいで。
 いつもの様に、鍵は、遠山さんに渡しておくよ」



宗成先生はそう言って笑いかけてくれた。



「……有難う……。

 前の先生みたいに、宗成先生は怖くないし
 私から全部、取り上げないから好き……」

 
「全部は取り上げないけど、怒った時は怖いから
 覚悟しておくように。

 後は、こっちからは託実の父親としてかな。


 託実な、本当だったら昨日、練習の成果を発揮して
 全国大会で走ってた日だった」


「……それは知ってます。
 雨だったら良かったのにって、ふて腐れてたから」

「そうか……託実から話聞いてたか」

「はい。

 それに……松川先生が左近さんと話してた会話を、
 ステーションの傍を車椅子で通過してた時に聞きました。

 手術したら治るのに、入院してから一度も治療らしい治療が出来ていないって。

 手術して治ることがわかってるなら、
 なんだってやりたいって思うのが普通じゃないの?

 私は……手術して、本当に元気になるのがわかってたら
 ちゃんと頑張りたいって思う。

 それで元気な人と同じ生活が出来るようになるなら。

 そしたら妹と……一緒に買い物に出掛けるの。

 モモの洋服を選んで、今までごめんねってプレゼントして、
 その後は、モモと大きなパフェを食べて……」




そんな話をしてると、
いつの間にか涙があふれ出して、掌で必死にその涙を拭う。

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