君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】


宗成先生は、涙腺が崩壊してしまった私の背中を
涙が少し落ち着くまで、優しくさすってくれる。



その手は大きくて……小さい時に、
発作を起こすたびに心配してさすってくれた、
お父さんの優しい手を思い起こした。




「今日こそはピアノを触りたいよな。
 だったら1時間ほど休みなさい。
 
 後、今朝……先生のパソコンに裕からメールが届いてた。
 理佳ちゃんに渡してほしいって。

 裕からの手紙は、プリントしてこの封筒の中に入ってあるから
 後で読みなさい」


そのまま先生の手に支えられるように、
布団の中に入ると、私は意識を鎮めるように力を抜いていった。







「理佳ちゃん、起きれるかしら?」



体を揺すられる感覚があって目を開けると、
車椅子の準備を終えた、かおりさんが私の前に存在した。



「かおりさん」



体を起こそうとした私を手伝う様に、
かおりさんはゆっくりと手を添える。



「30分だけ許可が出てるわね。

 羽村先生のピアノのレッスンまでは、
 今日は無理だけど、気分転換は出来るわね」


そう言って、
かおりさんはお遊戯室の鍵を私に見せる。


車椅子に移動して、いつもの様に病室を出る間際
チラリと覗いた、託実くんのベッドに彼は居なくて
あんなにも騒々しかった託実くんの友達も今は居ない。


「あらっ、理佳ちゃんは託実くんが気になるの?」


車椅子を押す力をとめて覗き込むように、
かおりさんに言われる。


「託実くんね、
 今日から手術に向けてのリハビリを始めるのよ」


かおりさんはそう言うと、
再び車椅子を押してお遊戯室のピアノの前まで連れていってくれた。



「30分したら迎えに来るわね」


そう言葉を残して、部屋から出ていく。



一人だけになったお遊戯室。


誰にも邪魔されないように、
『使用中』の表記が出るように札を変えると
今日も、モーツァルトのレクイエムと向き合う。



レクイエムの中の、ラクリモーサ。
 




狂ったように、いろんな速度で……頭の中に溢れる音をプラスしながら
一心不乱にピアノの鍵盤を指先で叩き続ける。


そんな30分。




あっと言う間に約束の時間は過ぎた。



僅か30分だけど、ピアノが演奏できた後の私の心は
ちょっとスッキリすることが出来てた。

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