君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】


私はそんな託実くんを
ポーっと見つめることしか出来なかった。


「託実、遅くなって……って、何してるの。
 もう、理佳ちゃんのご飯奪っちゃ駄目でしょ」


病室に顔を出したのは白衣を脱いだ、
薫子先生。


手に持ってたトレーを
慌てて託実くんのベッドテーブルに置いて
バシっと拳骨。



「いてぇー。
 ったく、母さんが持ってくるの遅いからだろ」

「悪かったわね。
 託実、早く自分のベッドに戻りなさい。

 理佳ちゃん、ごめんなさいね。

 あのバカが食べちゃってたなら、
 もう一つ作って貰おうか?」

「あっ、別にいいです。
 私、いつも全部食べられないから」


別に美味しいと思って
食べたことは殆どない。


何の為に生きるかなんて、
それすらもわからないけど、
この命を繋ぐために、
必要な行動が食べることだから。


切迫感や義務感にも似た行為が、
今の私にとっての食べることかもしれない。



その後も、あんまりお箸を進める気はしなくて
後数回、お箸を動かして自分の口元に運ぶと
ゆっくりと箸を置いた。

貴重な水分でもある、
お茶だけは、二口、三口飲んで喉を潤す。



向かい側の自分のベッドに戻って、
いつもの様に晩御飯を自前の食器に移し替えた後のご飯を
頬張りながら、託実くんは私の方にチラチラと視線を向ける。


そして口の中のものを慌てて飲み下した後
「お前、もう食べないの?」って話しかけられた。



ふいにノック音が聞こえて、
姿を見せたのは……薫子先生に良く似た女の人と
何度か病室に顔を出してた裕先生の弟さんと、そのお友達。



「あらっ、姉さん」

「託実、食器を変えたら食欲が出るようになったか?」

「まぁね。
 有難う、姫龍伯母さん」

「姉さん、頼んでたものもう一つ出来たかしら?」

「出来たわ。
 だから託実の様子を見がてら、見舞いに来たのよ

 薫子」



そう言って、何かの紙袋を来客は手渡した。


そのまま紙袋を受け取って、
薫子先生は私の方へ近づいてくる。

 
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