君に奏でる夜想曲【Ansyalシリーズ『星空と君の手』外伝】
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理佳ちゃんへ
調子はどうかな?
この間久しぶりに演奏した
トゥーランドット、楽しかったね。
ピアニストの羽村さんとの
2台のピアノのためのソナタも楽しみにしているよ。
理佳ちゃんとは、また一緒に演奏したいと思ってる。
そして理佳ちゃんの演奏も、何度も聴きたい。
だからこんなものを用意してみたよ。
今はネットと言う便利なアイテムが沢山あるから、
離れていても、身近に感じることが出来るね。
パソコンの設定は弟に頼んでおくよ。
裕
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そうやって記されていたのは、何かのアドレス。
そしてIDとパスワードらしき存在。
宗成先生に聞いてみよう。
このアドレスを開いたら何が見れるのか。
裕先生が何を思ってこのお手紙をくれたのか
ちゃんと知りたいから。
そんな手紙を抱きしめながら、
私は晩御飯までの間、再び眠り中に落ちていった。
「理佳ちゃん、晩御飯の時間よ」
勤務が終わったかおりさんの代わりに
左近さんが晩御飯を持って、起こしてくれる声がした。
ゆっくりとベッドの上で体を起こす。
この日の食事は、ごはん・きゅうりの酢の物、
肉じゃが、豆の煮もの。
食事の時間も、一日の水分制限に基づいてだから、
私のコップに用意してくれた麦茶は
コップ三分の一程度入っているだけ。
あんまりお腹すいてないんだけどなー。
こんな徹底的な管理で、
生かされてる体だから。
「いただきます」
そんなことを思いながら、
気乗りしないまま、お箸を手に取る。
「じゃあ理佳ちゃん、しっかり食べるのよ。
食べることは生きる事よ。
また後で、食器を下げに来るわね。
託実くん、託実くんの晩御飯は
もうすぐ薫子先生が運んで見えるから
もう少し待っててね」
何時の間にか起きてベッドの上でゴソゴソしてた託実くんに、
左近さんは声をかけて病室を後にした。
すると左近さんが居なくなった直後、
向かい側のベッドから、ゴソゴソと物音がして
ベッドから片足だけでケンケンをしながら私の方に近づいてくる。
そして、そのまま託実くんの腕はひょいっと
私の前を通過して、肉じゃがを指先でつまんで
自分の口の中にポイっと放り込んだ。
「ってか、これ味が薄すぎねぇ?
でもいいやっ。
育ちざかりは、腹減るんだよ。
怪我さえしてなきゃ、今頃、隆雪たちとバーガーショップで
胃袋満たされてんだけどな」
そんなこと言いながら、
その手は私のおかずを次から次へと指先でつまんでいく。