夏の暑さに狂った俺は、
「起きて、ツヤ。――着いたよ」

蒸し暑い車内。
延々と、車が風を切る音を聞いていた。
開かれたドアから入り込む空気がやけに新鮮に感じる。

「ん……、」

いつの間にか眠っていた体を起こすと、膝が軋んだ。
何時間ぶりだろうか、車の外、地と足の繋がる感触が懐かしい。
心地好い空気を吸い込んで、辺りを見回す。

見慣れない景色。
なのにどこか知っているような気がするのは、きっと、何度も写真で見た母親の田舎だからだ。

晴れて優等生を演じながら中学三年生になった俺は、冬に受験を控えている。
受験勉強の息抜きに、夏休みを利用して一週間だけここに来よう、と前々から決めていた。

生まれも育ちも東京な俺には、何もかもがいつもと違う。
どこまでも広がる風景も、微かに薫る木々の匂いも。

相も変わらず煩いのは、夏を主張する蝉たちの声だけ。

「……眩し、」

見上げた空、陽の光の眩しさに帽子を深く被り直そうとした瞬間、
突然吹いた強い風が、帽子を攫っていった。

「――あ、」

咄嗟に伸ばした手は、帽子には届かない。
貰い物だからと帽子に付けていた缶バッヂが、陽の光を反射した。

ゆるくなった風に乗って、スローモーションのようにふわりと宙を舞う。
地面に落下したかと思うと、微かに残った風の勢いに押され、帽子は転がった。
追いかけようと踏み込む足に、土が ぐちゅ、と嫌な音を立てる。

……頭に浮かんだのは、大して綺麗でもない天気予報のアナウンサーの顔。
どこ行くの、と俺を呼び止める姉の声を背に、俺は坂道の力が加わって転がり続ける帽子を追いかけた。
昨日まで雨を吸いまくっていた土で、足が滑る。

「待てっつの……
        え、」

突然、こつん、と帽子が止まった。
――誰かの足に、ぶつかって。
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