唇が、覚えてるから

***


実習は学校の授業の一環にすぎない。

不本意だけど、これ以上自分の我を通すことなんて許されるわけもなく。

中山さんとは必要以外の会話をすることはなくなった。


中山さんの息子さんには会えなかった。

結局、面会謝絶で部屋に立ち入ることすら出来なかったのだ。


そんな中、毎日会う祐樹の存在は、私の癒しだった。

もう諦めたかもしれないけど、一度は医療従事者を目指した人。

祐樹はいつも私の話を真剣に聞いてくれた。

私の今のつらい気持ちも。


『そっか。悔しいよな……』


祐樹の一言が、支えになった。


医者への道を諦めた理由は……もう、聞かないことにした。
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