唇が、覚えてるから

タイムリミット


黒い服を着た人たちが出たり入ったりを繰り返す。

人柄を表すような、優しい色の花が沢山飾られている。

そんな様子を私と祐樹は、少し離れたところから見ていた。


今夜は中山さんのお通夜。

自宅近くだという斎場で、それは営まれていた。

喪主は、中山さんのお兄さん。


「母さん、沢山の人に愛されてたんだな……」


小学校の教師だったという中山さんのお通夜には、教え子らしき学生がたくさん来ていた。

みんなが中山さんの死を悼み、涙を流している。

覚悟が出来ていたからか、祐樹は涙を流すこともなく、目を細めてそんな光景を眺めていた。


孤独じゃなかった。

こんなにも、中山さんのことを思う人がいたんだ。

永い期間のほんの僅かな時間だったけれど、必死で病と闘う中山さんの姿を私は見てきた。

そんな中山さんが沢山の人に送られることを、私も嬉しく思う。
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