唇が、覚えてるから

人の波が少し落ち着いたところで、私もお焼香を済ませて祐樹の元へ戻る。


「ありがとな」


ポンと頭の上に手を乗せられて、祐樹の前では我慢していた涙が一滴零れた。


担当患者さんの初めての死。

それは看護学生として、私にとっては経験でもあり、辛いこと。

そして、好きな人のお母さん……。


「祐樹。私に嘘ついたね」

「……嘘?」

「なんとなく医者になろうと思ったなんて、嘘」

「……」

「お母さんのためでしょ?」


優しい祐樹のことだから、お母さんの病気を治したい。

そう思って医者への道を志したんだろう。


「ガキの衝動的な考えだ」


祐樹は照れたように、私から視線を外す。


「……治せるどころか、医者になる前に俺がこんな風になっちまって……ほんと情けねぇ…」


そして、悔しそうに吐き捨てた。

これ以上ない無念が、体中から滲み出ていた。


「ごめんなさい……。あんなこと言って」


どうして簡単に諦めちゃうの…なんて、責めたこと。

諦めたくて、諦めたわけじゃなかったのに。
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