砂漠の舟 ―狂王の花嫁―(第二部)
「だ、誰? 誰なのです? わたしはクアルン王妃シーリーンです……ふ、触れてはなりません!」


ふたたび寝台に顔を押し付けられ、リーンはこれまでになく厳しい声で尋ねた。

彼女の真後ろに人の……それも間違いなく、男の気配を感じる。

だが、その男はひと言もなく、リーンの肌に触れた。サクル以外の男の手が触れたのはこれで二度目だ。

魔物(ワーディ)に攫われ、それを企んだクライシュ族の族長カッハールに陵辱されそうになったとき以来のこと。正確にいうなら、カッハールに乗り移った悪魔に、だが。

リーンに触れる指――思い当たるのはたったひとりしかいない。


「スワイド王子!? おやめになってください。わたしは本当にあなたの妹なのです。大公さまがそうおっしゃってくださいました! だから……お願いです。放してください」


最後にスワイドを見たときのことを思い出し、リーンは鳥肌が立った。

彼のなまじ整った顔立ちが、おぞましさに拍車をかけていた。王子の地位を失った途端、下品なまでのいやらしさと残虐さだけが際立ってしまい……。

真っ赤に染まった瞳、滴り落ちる血。リーンはそのことを思い出すまいと頭を振る。


スワイドはしばらく砂に埋まっていたのだ。身体は無事なのだろうかと思い、記憶をたどるが一向に思い出せない。

あの強烈な目玉と顔しか脳裏に浮かばなかった。


「ス、スワイド王子……何かおっしゃってください。スワイド……」


手の平が背中から脇腹に移り、そして、胸を鷲づかみにした。


「きゃっ! いや、いやです。やめて、触らないで!」


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